第164話 同業者

 追っ手の顔ぶれを、ツクモが感知波形から読み上げた。
 武装中型艇が四隻。うち二隻の機関波形は、ギルドの登録台帳と一致。船名に聞き覚えがあった。どちらも還らず艦狩りの専業——葬儀屋稼業の同業者だ。先月までは、同じ窓口に並んで撃破認定書を出していた。一隻とは、骨市の頃に酒場で隣り合ったこともある。賞金札が裏返れば、隣の席は射点に変わる。稼業の作りが、もともとそうできている。
「ルールを整理します」とツクモが言った。「賞金三千万クレジット。ギルド手数料一割五分を引いて、手取り二千五百五十万。中型還らず艦一隻分に相当し、彼らの稼業の年間粗利の中央値を上回ります。死亡率は還らず艦猟より大幅に低い——標的が人間を撃たないと、彼らは知っています。命を懸けるに足る額です。彼らは合理的に動いています」
「撃ち合えば」
「勝ちます。四隻とも、です。彼らは対艦戦の艦ではなく、本艦は対艦戦のための艦です。所要十一分、彼我の損害比は計算するまでもありません。——ただし、それは還らず艦狩りではなく、人間殺しです」
「却下だ」
「はい。却下されると計算していました。次善案を提示します。撃たずに、彼らの帳簿を撃ちます」
 画面に、航路図と数字の表が並んだ。撃ち合わない艦の、もう一つの戦い方だった。
「賞金で動く者は、期待値で動きます。追跡日数が延びるほど、燃料と機会費用が期待値を喰います。中型艇の航続経費は一日およそ十八万。四隻で七十二万。捕捉確率に時間あたりの逓減を掛ければ、損益分岐は七日後です。七日、商売にならない宙域を引きずり回せば、彼らは合理的に降ります」
「合理的じゃない奴が混ざっていたら」
「そのときは、艦長の領分です」

 四日間の航海は、戦闘記録の上では何も起きなかった。
 初日、《送り火》は手前の星系の三つの港に、偽の入港予約を撒いた。港湾記録の仲買人への手数料、計八十万クレジット。予約は本物の書式で立ち、入港だけが永遠に来ない。受け手の側から見れば、三千万の獲物が三方向に分裂する。四隻のうち一隻が東の予約に喰いつき、網が三隻に減った。
「嘘の値段としては高い」とハルは言った。
「本物の書式で立つ嘘は、本物の値段がします」とツクモが言った。「五百日前、艦長が私の艦籍で実演した手法です。授業料としては、八十万は安価です」
 二日目、ハルは七年前の自分の航跡を引っぱり出した。外環サルベージ社時代の回収航路図。会社の図面庫にあるのと同じものが、彼の私物の端末に写しで残っている。バッツ・モローの会社が「採算外」の判を捺して捨てた宙域の一覧——回収価値のないデブリが濃すぎて、サルベージ屋も賞金稼ぎも、まともな保険の下りない場所。七年、日給四千で這い回った地図が、初めて命の値段で働いた。
「ここに入る。第二デブリ帯の、棚の裏だ」
「推進系七割の艦で入る航路ではありません」とツクモが言った。「ヴェイン操舵手の操艦であれば、推奨できました」
「教練記録で、どこまで行ける」
「彼の手癖は保存しています。彼の腕は、保存できていません。……速度を四割落とし、安全余裕を倍取ります。所要三時間十一分。それでも、彼らの保険ではここまで追えません」
 舵は、ヨルが取った。岩の濃い三時間を、教練どおりの几帳面さで、一度も冒険をせずに抜けた。途中、回転する岩塊の影で二度、ツクモの操舵指示に一拍の遅延が出た。ヨルは無言で補正し、抜けたあとで自分の帳面に丸印を書いた。れいてんきゅうびょう。ナナオの計時器も、同じ数字を指していた。
「進んどるの」と、夜の医務室でナナオが言った。ハルも自分の計時器を出した。係をもらってから、計る習慣は毎日になっている。
「〇・八から〇・九まで、二週間。前は二ヶ月で〇・一だった」
「負荷じゃよ。逃げる、隠れる、撒く。演算の燃え方が猟より荒い。……皮肉な話での。この逃亡が長引くほど、向こうの言う『回収の適期』が近づく」
 逃げている間も、坂は止まらない。坂の上で、艦は今夜も正確に岩を躱し続けていた。
 その夜遅く、ツクモが追っ手の平文通信を一本、傍受して回した。三隻のうちの一隻が、僚船に宛てたものだった。——燃料計を見ろ。あと二日でここの分岐を割る。死人の艦を追うのは商売だが、死神の艦を赤字で追うのは道楽だ。俺は商売しか請けてない。
「彼らの計算は、私の計算と一致しています」とツクモが言った。「合理的な追跡者は、ありがたい追跡者です」
 三日目、闇の補給屋がデブリ帯の縁まで来た。灯火管制した古い貨物艇で、反応材と水と空気の詰め替えが百二十万。市価の倍だが、記録の残らない値段としては良心的だった。補給屋の老人は、貨物の検収簿に偽名を書きながら、世間話の声で言った。
「手配書の男に似とるな、あんた」
「よく言われる」
「三千万は大金だ」老人は釣りの決済票を数えて寄越した。「だが、うちの商売は信用でな。客を売った補給屋から、客は買わん。……次も贔屓に」
 ハルはついでに、ナナオの当月給与三十万を現金で渡した。老医は封筒を見て、しまうのに、いつもの倍の時間をかけた。
「逃げとる雇い主から、給料の遅れん職場での」
「払うものを払わなくなったら、向こうの言う罪状と中身まで一致する」
「違いない」とナナオは笑わずに言った。
 四日目の朝、残った三隻が反転した。通信は一本だけ、平文で入った。——降りる。割に合わん。葬儀屋、稼業に戻れたら、一杯おごれ。
 ハルは返信しなかった。帳簿の経費欄に支出を清書した。偽装記録の手数料八十万。闇補給百二十万。給与三十万。計二百三十万。手元の決済票は七百七十万に減っていた。収入の欄は空白のまま、頁だけが進んでいく。その隣に、誰も死ななかった、と書きかけて、やめた。書かなくても、それだけが今回の黒字だった。
「総括します」とツクモが言った。「交戦回数、零。発砲、零。死傷、零。経費、二百三十万。……艦長の領分は、使用されませんでした。私の帳簿では、これを成功と分類します」
「俺の帳簿でもだ」

 テネブラエ港、報道関係者用の安宿の一室で、ソフィ・ラングは指名手配の発表資料を、付箋だらけにして読み返していた。
 昨日の会見は十一分で終わった。質問は三つしか受け付けられず、彼女の挙手は三回とも無視された。それはいい。中央の報道局を追われて七年、無視のされ方で記事の温度を測る癖はとうについている。会見台の士官が「軍機漏洩」の中身を三度訊かれて三度「捜査中」と答えたこと。賞金の原資が保安機構ではなく中央予算であること。発表文の決裁部局が、辺境の治安と何の関係もない参謀本部特務局であること。温度計は、振り切れていた。
 引っかかったのは、日付だった。
 根拠資料の技術所見は一年半前。艦籍の登録記録は、さらにその前に遡る。つまりこの罪は、一年半以上、誰の机の上でも罪ではなかった。罪状が育ったのではない。罪にする理由が、今週、どこかで生まれたのだ。彼女は手帳に書いた。——問い。なぜ、今日なのか。
 そしてもう一つ。アマノ・ハル、という名前。
 彼女の鞄の底には、七年分の取材綴りがある。帰還命令未達事件。公式には通信系の事故。処分された末端の下士官の名簿を、彼女は除隊記録の閲覧申請で三年かけて拾い集めた。その名簿の三人目に、同じ名前がある。第七補給艦隊、通信下士官、アマノ・ハル。三年前に一度、所在を追ったことがある。外環サルベージ社、デブリ回収員。取材は申し込まなかった。事故の生贄に話を聞いても、事故の記事にしかならない。当時の判断は正しかったと、今でも思う。今は、状況の方が変わった。生贄が、葬儀屋になっていた。
 七年前に事故の責任を被せられた男が、七年後に、別の罪で手配される。偶然と呼ぶには、署名する役所が同じだった。
 翌朝、彼女は傭兵ギルドの窓口に立った。受付の女は、台帳から顔を上げて、値踏みでも警戒でもない目で彼女を見た。
「葬儀屋に繋いでほしいの」とソフィは言った。「悪いようには書かない」