「どこに置くべきか、と聞かれても……」

オルコットは慎重に言葉を探した。壁のホロパネルが放つ淡い光の中で、ラスクはじっと彼の言葉を待っている。換気系の音だけが、部屋の沈黙を埋めていた。

「同盟が持てば、同盟がそれを脅しの道具に使う。連邦が持ち続ければ、今と同じだ。どちらの国家機構に渡しても、結局は権力の道具になる」

「その通りです」

ラスクは満足げに頷いた。その表情には、答え合わせをするような、どこか教師じみた響きがあった。

「では第三の場所が必要だ、という結論になる。国家ではない場所。誰の脅しの道具にもならない場所」

「そんな都合のいい場所が」

「あります」

ラスクは端末を操作し、ひとつの紋章を投影した。灰色の布地に、静かに燃える小さな灯火を象った紋章だった。ホロの光は淡く、部屋の中に灰色がかった影を落とした。

「従軍鎮魂修道会。灰域周辺の戦没者を弔うために活動している宗教組織です。連邦にも同盟にも属さず、双方の戦没者を分け隔てなく弔ってきた。戦時中も停戦後も、双方の軍から一定の敬意を払われている、数少ない中立組織です」

「弔いの組織が、兵器の安全弁を管理すると?」

「弔いこそが彼らの本分です。その延長線上に、廃棄された自律核の弔いも含まれている。彼らはすでに、戦闘で損傷し廃棄処分になった自律核の残骸を引き取り、弔う活動を始めている」

「自律核を、弔う」

オルコットはその言葉を繰り返した。機械の残骸に対して弔いという言葉を当てることに、まだ実感が湧かなかった。

「奇妙に聞こえますか」

「正直、少し」

「彼らの理屈はこうです。自律核は、命ではない。だが、命であることを期待されて造られたものだ。期待されて壊れたものには、それに見合うだけの敬意を払うべきだ、と。私も最初は理解に苦しみましたが、話を聞くうちに、一理あると思うようになりました」

オルコットはしばらく黙り込んだ。宗教組織に軍事技術の生殺与奪を預けるという発想は、常識的に考えれば荒唐無稽だ。だが、国家という枠組みそのものが信用できないのであれば、枠組みの外にあるものにしか託せない、という理屈にも一理あった。

壁のホロパネルの光が、灰色の紋章をわずかに揺らして映し続けていた。オルコットはその静かな灯火の意匠を、しばらく目で追った。誰かを弔うための炎が、こんな重大な話の中心に据えられていることに、まだ現実味が持てずにいた。

「彼らに、その資格があると?」

「資格というより、他に選択肢がないんです。国家に属さず、なおかつ両陣営から一定の信頼を得ている組織など、そう多くは存在しない」

「万が一、彼らが判断を誤ったら」

「その懸念は当然です。だからこそ、条件をつけて託す必要がある。無条件に渡すつもりはありません」

オルコットは腕を組み、しばらく黙考した。宗教組織という発想そのものへの違和感は、まだ拭えないでいた。

「鎮魂会の資金はどこから」

「双方の軍からの弔慰目的の寄進と、民間からの寄付です。どちらか一方に偏った資金源ではない、というのも、彼らを候補に選んだ理由のひとつです」

「規模は」

「巡礼船一隻と、灰域周辺に点在する小さな祈祷所がいくつか。修道士の数は、正確には把握していませんが、数十名程度と見ています。大きな組織ではありません」

「そんな小さな組織に、これほどの重荷を背負わせるんですか」

「重荷だからこそ、私は彼らを選びたいと思っています。大きな組織なら、いずれ国家の意向に取り込まれる。小さく、独立していることこそが、彼らの価値なんです」

オルコットはその理屈に、完全には納得しきれないものを感じながらも、反論する材料も持ち合わせていなかった。

「――院長は」

「ヨセフ・グラン。老齢の修道院長です。私は一度だけ、非公式に接触したことがあります。彼は物事の道理をわきまえた人物だ。少なくとも、国家の代弁者ではない」

「一度だけ、というのは」

「半年前です。廃棄自律核の弔いについて、参謀本部として視察に赴いた際に、少し立ち話をしただけの間柄です。ですが、あの人物の目には、何か特別なものがありました。信仰者の目、というのとも少し違う」

「どんな目でしたか」

ラスクは少し考えてから答えた。

「もう何も驚かない、という目です。長く弔いを続けてきた人間だけが持つ、静かな諦観のようなもの。それでいて、投げやりではない。むしろ、諦めた上でなお、目の前のことに丁寧であろうとする目でした」

その説明に、オルコットは何か掴みかねるものを感じながらも、ひとまず頷いた。会って確かめるしかない、という結論に落ち着くのは、そう遠い先のことではないだろうと思った。

ラスクは端末を閉じた。

「艦長、これはまだ計画とすら呼べない段階の話です。安全弁の実在すら、私は確証を持っていない。ただ、確証を持つための調査を、あなたに手伝ってほしい」

「なぜ私に」

「あなたがケイオン第七集落の真実を知っていて、なお誰にも売らずに三年間抱え続けてきたからです。信用できる人間は、そう多くない」

「参謀本部の中には、信用できる人間がいないと?」

「いないわけではありません。ですが、この規模の話を持ちかけられる相手となると、ごく限られる。上に相談すれば、握りつぶされるか、あるいはもっと悪い形で利用されるかのどちらかでしょう」

窓の外、灰域の暗闇の向こうに、連邦領の光がかすかに滲んで見えた。オルコットは長い沈黙の後、ようやく口を開いた。

「――手伝いましょう。ただし、確証もないまま部下を危険に晒すことはしない。すべては段階を踏んで判断させてもらう」

「もちろんです」

ラスクは初めて、心からの笑みを見せた。それまでの隙のない表情とは違う、少し疲れたような、しかし安堵の滲む笑みだった。

「感謝します、艦長。正直、断られる可能性の方が高いと思っていました」

「断る理由がなかっただけです。もし私に何かできることがあるなら、の話ですが」

「十分ありますとも」

ラスクは一度立ち上がり、部屋の隅にある簡易給湯器から、二人分の温かい飲み物を注いで戻ってきた。合成茶の香りが、狭い部屋にかすかに漂う。

カップを両手で包むと、湯気越しに伝わる熱が、こわばっていた指先をわずかに緩めた。オルコットはその熱を頼りに、少しだけ息を整えた。

「一つ、はっきりさせておきたいことがあります」

オルコットは湯気の立つカップを受け取りながら言った。

「これは、いずれ国家反逆罪に問われかねない話だ。私だけでなく、協力する部下たちもだ。その覚悟は、あなたにあるんですか」

ラスクは即答した。

「あります。私はすでに、後戻りのできない場所まで調べを進めてしまいました。今さら止める気はありません」

「あなた個人の覚悟はわかった。だが組織としての後ろ盾は」

「ないと思ってください。これは、私個人とあなた個人の話です。参謀本部の総意ではない」

その言葉の重さに、オルコットは黙って頷いた。組織の後ろ盾がないということは、失敗した時に誰も守ってくれないということだ。だが同時に、それはこの計画がまだ誰の思惑にも汚されていない、という意味でもあった。

ラスクは椅子に深く座り直し、改めて口を開いた。

「まず必要なのは、連邦側の内部情報です。自律核倫理制限設計チームに、協力者を作れないか――」

その名を聞いた瞬間、オルコットの脳裏に浮かんだのは、ヴェスタ港で一瞬だけ目が合った、セシル・マーロウの表情だった。あの一瞬のこわばりが、今になってはっきりと意味を持ち始めていた。

「心当たりが?」

ラスクが鋭くオルコットの表情の変化を捉えた。

「――技術交流会議で会った、連邦の技術士官がいます。倫理制限設計チームの一員だと聞きました」

「マーロウ技術士官のことですね」

「知っていたのか」

「候補として名前は挙がっていました。ただ、あなたの口から出るとは思いませんでした」

「最初から、私にその役目を負わせるつもりだったのか」

「半分はそうです。もう半分は、あなた自身が彼女の表情に何かを見出すかどうか、確かめたかった」

オルコットはその言葉に、わずかな苛立ちを覚えた。試されていたのだと気づいたからだ。

「人聞きの悪いことを」

「申し訳ない。ですが、こういう話は、当人同士の間に何かがなければ、うまくいかないものです。強制で情報提供者になってもらうより、よほど確実だ」

「彼女を、道具のように扱うつもりはない」

オルコットの声に、思いのほか強い響きが混じった。ラスクはそれに気づいたのか、わずかに目を細めた。

「随分、彼女の肩を持ちますね」

「一度話しただけの相手だ。肩を持つも何もない」

「そうですか。ならいいんですが」

ラスクはそれ以上追及せず、カップの茶を一口飲んだ。オルコットは自分の返答が、少し早口になりすぎたことに気づき、内心で舌打ちした。まだ何も始まっていないうちから、余計な感情を悟られるわけにはいかない。

「もちろんです。彼女の意志を最優先します。それだけは約束しましょう」

ラスクの目に、また別の光が宿った。オルコットはそれが何を意味するのか、まだこの時点では正確に読み取れずにいた。ただ、自分がこれから踏み出そうとしている一歩の重さだけは、痛いほど実感していた。窓の外の暗闇に浮かぶ連邦領の光を、彼はしばらくの間、黙って見つめ続けていた。

冷めかけた合成茶を一口含むと、渋みだけが舌に残った。ヴェスタ港で交わした、ほんの数言のやり取りが、これほど大きな意味を帯びて自分に戻ってくるとは思わなかった。オルコットはカップを置き、静かに息を吐いた。

(第7話へ続く)