戦争が長引くにつれ、鎮魂会の活動範囲も、大きく変質していった。かつては、戦没者の遺骨や遺品を、両軍の区別なく引き取り、聖堂に安置するだけの、静かな組織だった。だが、開戦から半年が経つ頃には、その活動は、当初の想定を大きく超えて拡大していた。

アダムが、久しぶりに《薄明》を訪れ、その様子をオルコットに伝えた。艦長室に通されたアダムは、以前会った時よりも、幾分やつれた顔をしていた。修道服の裾には、旅の埃と、どこかで浴びたであろう塵の跡が、うっすらと残っている。

「――久しぶりだな。無事で何よりだ」

オルコットは、そう言いながら、彼に椅子を勧めた。アダムは、以前は、鎮魂会の中でも若手の一人に過ぎなかった。だが、この一年の任務を通じて、その物腰には、以前よりも一回り大きな落ち着きが備わっているように見えた。戦争がもたらす変化は、人間一人一人の内面にも、確実に及んでいるのだと、オルコットは改めて感じた。

「――ご無沙汰しております、艦長。実は、少々気がかりなことがあり、こうして伺いました」

アダムは、そう切り出すと、しばらく言葉を選ぶように黙り込んだ。オルコットは、その様子から、彼が抱えている報告が、決して軽いものではないことを察した。窓の外を、修理を終えたばかりの僚艦が、ゆっくりと視界を横切っていく。艦橋の外では、いつも通りの点検作業の音が、規則正しく響いていた。その日常の音の中で、アダムの言葉だけが、どこか異質な重さを帯びていた。

「――院長は、両軍の戦没者を弔うだけでなく、撃破された自律兵器の残骸を回収し、弔う活動を、正式な任務として組織全体に位置付けました」

アダムは、淡々とした口調で報告を続けた。だが、その淡々とした語り口の奥に、彼自身も戸惑いを隠しきれずにいるのが、オルコットには伝わってきた。

「――正式に、か」

オルコットは、椅子に深く腰掛けたまま、静かに問い返した。窓の外には、この一年ですっかり見慣れてしまった、灰域の暗闇が広がっている。

「はい。『枷なきAIは魂を喰う』という言葉が、今や鎮魂会の中で、繰り返し語られるようになっています。まだ教義と呼べるほどのものではありませんが、院長の考えに共鳴する若い修道士が、増えてきています」

その言葉の響きに、オルコットは、わずかな違和感を覚えた。弔いという静かな営みの中に、何か、これまでとは異なる熱のようなものが、少しずつ滲み始めているように感じられたのだ。

彼の脳裏に、鍵を引き渡した日のグラン院長の姿が蘇った。あの時の院長は、静かで、揺るぎない信念を持った、穏やかな老人だった。弔いという行為そのものに、深い敬意を払い、それ以上でも以下でもない、確かな本分を持った人物だった。その院長の口から語られる言葉が、今、少しずつ、別の色合いを帯び始めているのだとしたら――オルコットは、その変化の意味を、慎重に見極める必要があると感じていた。

オルコットは、複雑な思いを抱いた。弔いという本分から始まったこの組織が、戦争という巨大な現実の中で、少しずつ、新たな性質を帯び始めている。それは、時代の要請とも言えるものなのかもしれない。だが、その変質の先に何が待っているのか、彼にはまだ、はっきりとは見えなかった。

「――院長は、この先をどう見ているんだ」

オルコットは、その問いを、単なる好奇心以上の切実さを込めて口にした。この鍵を託した相手が、これから先、どのような組織になっていくのか。それは、彼にとって、決して他人事ではなかった。

「わかりません。ただ、院長は最近、こう仰っていました。『この戦争が生み出す傷は、人間だけのものではなくなるだろう。いずれ、機械の魂すら弔わねばならない日が来る』と」

アダムは、少し不安げな表情を見せた。彼の視線が、一瞬、床に落ちる。

「――一部の若い修道士たちは、もっと過激な考えを持ち始めています。『穢れた自律核は、弔うだけでなく、浄めるべきだ』と」

「浄める、というのは」

オルコットは、その言葉の響きに、既に嫌な予感を覚えながら、それでも尋ねた。

「――焼くべきだ、という意味です」

その一言に、オルコットの背筋に、冷たいものが走った。弔いという静かな営みの奥底に、まだ小さな、しかし確かな火種が、生まれ始めていた。焼く、という言葉が持つ響きの中に、彼は、単なる比喩を超えた、ある種の危うさを感じ取っていた。

窓の外を流れる灰域の暗闇に、時折、遠い戦闘の残光が、微かに揺らめいていた。オルコットは、その光を見つめながら、この一年の間に積み重なってきた、無数の小さな変化の連鎖のことを考えていた。一つ一つは些細に見える変化でも、それが積み重なれば、やがて大きな流れとなって、誰にも押しとどめられないものになっていく。鎮魂会の変質もまた、その一つなのかもしれなかった。

彼が知る限り、正規管制鍵は、無人艦の制御そのものを断つための、いわば安全弁だった。だが、「浄める」という思想は、その安全弁を守るという発想とは、根本的に異なるもののように思えた。壊すのではなく、断つ。断つのではなく、弔う。その順序を、もし誰かが逆転させてしまえば、鍵を守るという行為の意味そのものが、揺らいでしまうのではないか。オルコットは、そんな漠然とした危惧を、拭い去ることができなかった。

「――その考えを口にしているのは、どういう連中なんだ」

オルコットは、努めて平静な声で尋ねた。

「――戦争孤児出身の、若い修道士たちです。両親を、自律兵器による攻撃で失った者も少なくありません。彼らの怒りや悲しみが、そういった過激な考えに、結びついてしまっているのだと思います」

その説明に、オルコットは、何も言い返せなかった。憎しみが生まれる土壌には、いつも、正当な理由がある。それを頭ごなしに否定することは、誰にもできないのだと、彼は痛感していた。

「――院長は、それを止めているのか」

「今のところは。ですが、院長も高齢です。この先、誰がその考えを受け継ぐのか……」

アダムの声は、次第に小さくなっていった。彼自身、その問いに対する答えを持っていないことが、オルコットにも伝わってきた。窓の外を過ぎる艦の影が、束の間、艦長室に差し込む光を遮り、また元に戻った。その一瞬の陰りが、まるで今のアダムの心境を映しているかのように、オルコットには感じられた。

艦長室の壁時計が、規則正しく時を刻む音だけが、しばらくの間、二人の間の沈黙を埋めていた。オルコットは、この静かな時間の中で、自分がこれから向き合っていくべき問いの大きさを、改めて測っていた。鍵を託すという決断は、目先の危機を乗り越えるための、いわば最善手だった。だが、その決断が、遠い未来に、どのような結末をもたらすのか、彼にはまだ、その全貌を見通すことはできなかった。

オルコットは、遠い未来への、漠然とした不安を感じた。この鍵を鎮魂会に託した時、彼が思い描いていたのは、あくまでも、静かに鍵を守り続ける組織としての姿だった。だが、戦争という大きな力は、あらゆるものの姿を、じわじわと変えていく。組織もまた、その例外ではないのだろう。

「――正直に言うと、俺には、その先のことまで見通す力はない」

オルコットは、率直にそう答えた。

「だが、今の彼らが、鍵を正しく守り続けてくれているということだけは、確かだ。その先、彼らがどう変わっていこうとも、その本分だけは、守り続けてほしいと願うしかない」

アダムは、その言葉に、静かに頷いた。

「――私も、その本分を、守り続けたいと思っています。院長が最後まで大切にされていた、弔いという行いの、本当の意味を」

だが、今の彼にできることは、目の前の戦争を、一日でも早く終わらせるために戦い続けることだけだった。組織の未来を案じることに、これ以上の時間を割く余裕は、彼にはなかった。それでも、アダムが去り際に見せた、あの複雑な表情だけは、オルコットの記憶に、長く残ることになった。

「――鍵だけは、正しく使われることを願う」

オルコットは、最後に、そう呟いた。

「私も、そう願っています」

アダムは、そう答えると、静かに艦長室を後にした。彼の足音が、通路の向こうへと消えていくのを、オルコットはしばらく聞いていた。

灰域の暗闇の向こうで、戦争は、なおも激しさを増していった。そして、その戦争の傷跡が、遠く離れた鎮魂会という組織の内側にも、静かに、しかし確実に、爪痕を残し始めているのだということを、オルコットは、この日、初めてはっきりと自覚することになった。

アダムを見送った後、オルコットは一人、艦長室の窓から、灰域の暗闇を見つめ続けた。彼が鍵を鎮魂会に託した時、それは、国家という制度に、生殺与奪の力を独占させないための、最善の選択だと信じていた。だが、その選択の先に、また別の形の危うさが芽生えつつあるのだとしたら――その事実を、彼はどう受け止めればいいのか、まだ答えを持てずにいた。

セシルが生きていたら、この話を、どう聞いただろうか。オルコットは、ふと、そんなことを考えた。彼女ならば、恐らく、この変化を、単なる杞憂として片付けはしなかっただろう。技術というものが、人の手を離れた瞬間から、思いもよらぬ方向へと育っていく危うさを、彼女は誰よりもよく知っていたはずだ。同じことが、組織や思想にも当てはまるのかもしれない。オルコットは、その考えを、静かに胸の内に留めた。

(第97話へ続く)