第071話 旧友

 会談を受けるかどうかで、艦内の意見は割れなかった。割れる前に、ヴェインが「行く」と言い、誰も反対の言葉を持たなかったからだ。
 場所はガズの指定した中立泊地——第六星系外縁の、旗を持たない補給ステーション。海賊も商人も保安機構も、ここでは銃を預けて商売をする。回廊の暗黙律で守られた、数少ない無風の場所だった。

 泊地の入口で、武装は全部預けた。
 預かり所の老婆は、ハルの携行銃と、ヴェインの作業ナイフと、ナナオが持たせた医療鞄の中の麻酔銃まで、慣れた手つきで棚に並べた。「返すときに間違えんよう、名前じゃなく顔で覚える」と老婆は言った。「この商売、名前は嘘でも、顔は嘘をつかんでな」
 通路には両替屋と、部品屋と、出所を訊かない買取屋が並んでいた。海賊と商人と賞金稼ぎが、同じ食堂で別の卓を囲んでいる。回廊の暗黙律——ここで流した血は、外の十倍の値で取り立てられる——だけが、この場所の治安のすべてだった。
「……ガズは、護衛を連れてこんはずだ」と、道すがらヴェインが言った。
「なぜ分かる」
「連れてくれば、こっちも数を揃える。数を揃えれば、話が銃の話になる。あいつは話を銃にしたくないから、呼んだ。……それに」
 操舵手は、少しだけ間を置いた。
「教え子に、護衛つきで会う艦長がおるか」

 ガズ・ヒバスは、大柄な男だった。
 会議室代わりの貨物区画に、護衛も連れずに一人で立っていた。歳はヴェインより少し下。砲術屋らしい太い指と、帳簿屋のような疲れた目が、同じ顔に同居していた。
 男はヴェインを見て、右手が反射で上がりかけ——敬礼の形になる前に、止まった。
「……癖が抜けん。勘弁してくれ、艦長」
「艦長は、もうやめた」
「俺もだ。いまは頭目、ってやつだ」ガズは笑わなかった。「七年ぶりだな。生きてると思ってた。あんたは沈め方が下手だから」
「……褒め言葉か」
「最上級のな」

 席に着くと、ガズは前置きを全部飛ばした。軍人の会議の速度だった。
「単刀直入に言う。手を引いてくれ、艦長。あんたと、あんたの黒い艦と、商会の船団と——全部だ」
「封鎖を解け、という返事しか持っていない」
「だろうな」ガズは卓の上で指を組んだ。「なら、数字の話をする。あんたの隣の男は、数字で動くらしいからな」
 彼はハルを見た。値踏みの目ではなかった。同業者を測る目だった。
「緋蓮団、構成員三百八十。扶養家族を入れて千百人。終戦直後の同盟兵に何があったか、あんたらは知ってるか。職はない。年金は敗戦国のもんだから、ない。あったのは戦犯狩りと、私刑と、難民区画の列だ。連合の港じゃ、同盟訛りってだけで荷役の口も断られた。うちの若いのは半分が、海賊になる前に一度、首を吊りそこなってる」
 誇張の調子はなかった。事務的なほど平坦で、それだけに通りがよかった。広域放送と同じ声だった。
「封鎖は俺たちの配給線だ。通行料が連中の飯になる。月にいくら要ると思う。千百人の飯と、薬と、子供の靴だ。——あんたが第六星系の飢えを言うなら、俺は俺の港の飢えを言う。同じ飢えだ。取り合ってるだけだ」

 正しさの欠片が、確かにそこにあった。
 だからハルは、欠片の隣に事実を置いた。感情を挟まず、保安機構の公報の数字をそのまま。
「テッサの先週の死者統計だ。栄養失調を主因とする病死、四名。うち二名は六十代、一名は五十代——そして一名は、生後十一ヶ月だ」
 ガズの目が、初めて揺れた。逸らさなかった。逸らさずに、受け取った。
「……読んだ。公報は俺も読む」
「あんたの千百人は、まだ死んでいない。テッサは死に始めた。同じ飢えじゃない。進み方が違う」
「だから降りろと? 降りたらうちの千百が、半年遅れで同じ統計に載るだけだ」ガズは首を振った。「俺は部下を二度も飢えさせん。一度目で懲りた。……あんたらの言い分は正しいよ、葬儀屋。正しい側に立てる奴は、立てばいい。俺はもう、正しさで部下を食わせられなかった側なんだ」
 決裂だった。最初から、決裂しかない会談だった。それでも双方が来たのは、決裂を確かめる義理が、二人の軍人の間にあったからだ。

 別れ際、ガズはヴェインにだけ、声を低くした。
「……ムジナも、ヤニ屋も、通信長も、生きてる。元気とは言わんが、生きてる。あんたが拾いそこなった分は、俺が拾った。恨みっこなしだ」
「……ああ」
「次に会うときは、沈め合いだ、艦長」
「……次も、沈め方は下手なままだ」
「知ってる」ガズは今度だけ、ほんの少し笑った。「だから厄介なんだ、あんたは」

 決裂の後、退出の間際に、ガズは思い出したように言った。
「艦長。一つだけ、昔話をしていいか」
「……短くならな」
「グロムの最後の日、あんたは俺を一番先の脱出艇に積んだ。先任掌砲長は艦長の次に残る決まりなのにだ。俺は降りてから気づいて、七年、あれを恨んどった」ガズは手すりに寄りかかった。「いまは違う。あんたは知っとったんだ。俺が残れば、あんたを殴ってでも先に降ろすって。だから順番を飛ばした。……あれはあんたの、操舵より上手い唯一の嘘だ」
「……買い被りだ」
「かもな。だが俺はその買い被りで七年、三百八十人食わせた。艦長の嘘の利子にしちゃ、上等だろう」
 それが、軍人ガズ・ヒバスの、たぶん最後の世間話だった。

 帰路の艇内で、ヴェインは一言も発しなかった。
 帰艦して、自室に入り、棚から酒瓶を出した。出して、グラスの隣に置いて、長いこと見ていた。
 それから、注がずに、しまった。
 監視カメラの記録でそれを知っているのはツクモだけで、ツクモは誰にも言わなかった。記録だけが、彼女のどこかに静かに増えた。