第080話 閑話 配給のパン
ユーリが緋蓮団に入ったのは、十七のときだった。
戦争には、間に合わなかった。徴募の通知が来て、訓練所で半年座学をやって、一発も撃たないうちに戦争が終わった。終わってから、戦争の続きが始まった。同盟訛りの十七歳に、港は荷役の口もくれなかった。
ガズの頭目は、面接で一つしか訊かなかった。
「最後に飯を食ったのは、いつだ」
二日前です、と答えたら、その場で食堂に連れて行かれた。質問は、それきりだった。撃ち方も、操船も、全部あとから教わった。教えてくれたのは元軍人の先輩たちで、教範どおりに殴られず、教範どおりに教わった。海賊の旗の下で、ユーリは生まれて初めて、軍隊というものに入った気がした。
飯は、毎日出た。
給料は安かったが、遅れたことは一度もなかった。頭目は帳簿を自分でつけていて、若いのの飯の量を、砲の弾数と同じ顔で数えていた。
いまユーリは、保安機構の収容区画にいる。
十九歳。海賊行為の幇助。若年構成員につき、訴追は見送り、矯正講習ののち順次釈放——と、書類には書いてあるらしい。らしい、というのは、ユーリには書類の言葉が半分しか読めないからだ。
収容区画の飯は、一日二回、パンと汁が出る。
パンを最初に齧った日、ユーリは妙な気分になった。焼きたてではないが、ちゃんとしたパンだった。配給の小麦——テッサ航路の小麦で焼いたものだと、配膳係の年寄りが言っていた。
自分たちが封鎖していた航路を通った小麦で焼いたパンを、自分たちが食っている。
その算数の座りの悪さを、ユーリはうまく言葉にできなかった。できないまま、パンは全部食った。食い物を残す習慣は、この七年の外縁の誰にもなかった。
矯正講習は、週に三回あった。
法規の講習と、職業訓練と、それから読み書きだった。ユーリの世代の同盟出身者には、字の怪しい者が多い。学校に行く歳が、ちょうど戦争の終いがけと重なったからだ。講師は保安機構の嘱託の年寄りで、教え方は不器用だったが、誰も馬鹿にしなかった。
ユーリは「配給」という字を、講習で初めて正しく書けるようになった。
書けるようになってから、自分が三月封鎖していた港の公報が読めるようになり、読めるようになってから、栄養失調という字の連なりが分かるようになった。分かるようにならない方が、楽だった。それでも彼は読んだ。読むことが、たぶん講習の本当の中身だった。
収容区画の噂話は、夜にだけ流れる。
話題は決まって三つ。釈放の順番。これからの食い扶持。それから——あの黒い艦。
「葬儀屋ってのは、ありゃ人間じゃねえよ」と、隣の寝台の男は言った。「骨市でうちの艦隊が溶かされたの、見たろ。撃ち合いにもならなかった。気がついたら燃料が空で、気がついたら囲まれてた。ありゃ戦じゃねえ。経理だ。経理で殺されたんだ、俺たちは」
「殺されちゃいねえだろ。生きてるじゃねえか、全員」
「……それなんだよなあ」男は天井を見た。「旗艦も、撃てば沈められたんだ。機関だけ焼きやがった。頭目を生かして獲るってのは、ありゃ、どういう了見なんだ」
「知らねえよ。教団は異端だって言うし、港の連中は疫病神だって言うし、商会の連中は守り神だって言う」
「で、お前はどう思うんだ、ユーリ」
ユーリは少し考えて、思ったままを言った。
「……飯の補給線を、一番よく見てた奴だと思う」
寝台の列が、妙に納得した感じで静かになった。敗け方の中身を、兵隊はちゃんと覚えているものだった。
釈放の二日前、廊下でガズの頭目とすれ違った。
移送のための護送列で、手錠のまま、それでも背筋は伸びていた。頭目はユーリに気づくと、護送官が止める間もない一瞬で、すれ違いざまに言った。
「飯の食える方につけ。恥じゃない」
それだけだった。立ち止まりもしなかった。護送列は廊下の角に消え、ユーリは長いことそこに立っていた。
団に拾われた日の食堂を、思い出していた。
釈放の日は、晴れも曇りもなかった。港に天気はない。
収容区画の出口で、矯正講習の修了証と、当座の食費三千crと、それから一枚のビラを渡された。ビラは釈放者全員に配られているものだった。
——ロー商会、港湾人夫および船員見習い、急募。経験不問。同盟出身者の応募可。食事支給。
最後の一行が、いちばん大きな字で書いてあった。書いた人間は、誰に読ませたいかを正確に知っている。
ユーリはビラを四つに折り畳み、胸の内ポケットに入れた。昔、識別票を入れていた場所だった。
歩き出した背中の向こうで、港の桟橋に黒い艦が係留されていた。怖い艦だった。たぶん、これからも怖い。それでも、あの艦が枯らしたのは自分たちの燃料で、自分たちの命ではなかった。その差額の意味を考えるのは、飯を食って、職に就いて、もう少し字が読めるようになってからでいい。
次の戦争ではなく、次の仕事へ。
十九歳は、求人のビラ一枚を胸に、人混みの中へ歩いていった。