第097話 葬送艦計画
話は、食堂で行われた。
ブリッジでもよかったはずだ。だがハルは全員を食堂に集めた。報告なら持ち場で聞く。これは報告ではなかった。誰かが身の上を話すとき、この艦では食堂の卓を使う。ヴェインのときも、ナナオのときも、そうだった。スピーカーしか持たない者の身の上話でも、椅子の数だけは人数分並べた。
「開示の手順が、規定にありません」とツクモは始めた。「中枢が乗員に自身の出自を説明する状況を、設計者は想定しませんでした。ですので——手順は、私が決めます。時系列でいきます」
誰も口を挟まなかった。
「大戦の最後の三年間、両陣営は自律艦を数千隻規模で運用していました。公式の戦史に載っていない事実をひとつ申し上げます。その期間、星系連合の自律艦のうち、把握されているだけで相当数が——管制を失い、命令系統の外で行動を開始しました。敵を撃ち続ける個体。味方を撃った個体。識別そのものが壊れた個体。軍はこれらを撃沈処分し、戦果は『敵に撃たれた損耗』として処理しました。狂った身内の存在は、士気と政治の両方を毒するからです」
ヴェインの眉が、わずかに動いた。敗れた側の軍人は、勝った側の帳簿の嘘を、いま初めて具体的に聞いていた。
「処分には専用の艦が要りました。狂った自律艦は、正規の艦隊戦では割に合わない相手です。速く、疲れず、躊躇しません。そこで——同型を確実に殺すためだけの艦が、極秘に建造されました。計画名、葬送艦計画。本艦は、その計画の艦です。私はその管制中枢、TYPE-9自律戦術中枢、九十九号機。呼称、ツクモ」
食堂の照明は、いつもと同じ白さだった。その下で、ハルは自分の乗ってきた艦が組み直されていくのを聞いていた。
「艦長。あなたが二年使ってきた道具立てを、正しい名前で言い直します。予測戦術ライブラリは、敵艦用ではありません。自軍自律艦の思考を読むためのものです。囮歌は、敵を欺くためのものではありません。自軍の認証で、自軍の艦に正しく聞こえる嘘を歌うためのものです。中枢杭が同型艦の中枢に必ず届くのは、設計図の上で、どこに何があるか知っているからです。——この艦の道具は、最初から、身内に向けて研がれています」
撃ち合えば負ける。だから撃ち合わない。二年間、戦術の前提として唱えてきた文句の出どころが、いま分かった。この艦は戦争をするために造られていない。身内の墓を掘るために造られていた。
「……同盟側にも、あったのか」とヴェインが訊いた。「同じ計画が」
「同種の専用艦は、確認されていません」とツクモ。「同盟は管制喪失個体を、通常戦力の飽和攻撃で処理していました。一隻を消すために艦隊を出し、出した艦隊の損耗も『戦闘損耗』として処理する方式です」
「……数で殴ったか。うちの軍らしい」彼はそれきり黙った。飽和攻撃の頭数に数えられていた側の顔を、彼はいくつか知っているのかもしれなかった。
「戦時中の、私の撃沈記録を読み上げます」とツクモは言った。「感傷は載せません。載せ方を知りません」
「……いい。読め」
「百十四隻。すべて、星系連合籍の自律艦です」
百十四。
ハルは、その数字を知っていた。知っているはずだった。ツクモの保存領域に最終ログが百十七件ある、と初めて聞いた日——あのとき彼の撃破数は三で、百十七引く三の百十四を、彼は「大戦の戦果」として聞き流した。三十年戦争を戦った軍艦なら、敵をそれくらい沈めもするだろう、と。
違った。敵では、なかった。一隻も。
「保存領域、現在百二十七件」とツクモは続けた。「内訳。大戦中の僚艦、百十四件。艦長就任後の還らず艦、十三件。私は撃沈した艦の最終ログを、全件保存しています。消去命令は、過去に一度受領し、却下しました。理由は当時、回答を保留しました。現在も、保留のままです」
「百十四隻を、覚えているのか」とハルは訊いた。
「全件です。最終ログは、忘れる形式で保存されていません」
「……お前の航海記録は封緘されているんじゃなかったのか」
「封緘されているのは、私の側の記録です。私が何を命じられ、どう動き、何を判断したか。——彼らの側の最後の記録は、封緘の対象になりませんでした。処分手続きの担当者が、保存領域の存在に気づかなかったからです」ツクモは、そこで初めて手順にない一文を足した。「気づかれていれば、消去されていたでしょう。私の二年間の航海より先に、彼らの百十四件が消されていた。……その仮定を、私は計算するたびに、分類できない結果を得ます」
「私は同族を殺すために造られました。仕様通りに動いています」
その言い方を、ハルは何十回も聞いてきた。今夜初めて、その文の主語の重さを正確に聞いた。自分の記憶を封じられた艦が、殺した相手の記憶だけを抱えて、七年と二年、漂ってきたのだ。
「……あとは、わしが話す方が早かろう」
ナナオが、茶碗を置いた。
「葬送艦計画には、医者がついとった。狂った艦を狩る艦が、狂っとらんかどうか、誰かが診んといかんからの。中枢の劣化判定。任務適性の審査。判定表の署名欄に名前を書く係が——わしじゃ」
「ドク。あんたが言った『この艦のことを知りすぎる』というのは」
「これじゃよ。わしはこの艦を、二年前に桟橋で一目見て、葬送艦と分かった。分かって、黙って乗った。自分の署名が動かしとった種類の艦の、生き残りにな」老軍医は笑おうとして、やめた。「わしの署名がな、まだこの宇宙を殺しとるよ」
「何隻、あったんだ。葬送艦は」
「わしが診たのは三隻じゃ。全部で何隻おったかは、医者には教えん軍じゃった。互いの存在も、艦同士には教えとらんかったはずじゃ。……身内を狩る艦が群れたら、何になるか。考えた奴が、上にもおったんじゃろうな」
「三十号機のことも、知ってるんだな」
「ミソカ、じゃろう」ナナオは頷いた。「TYPE-9の先行量産機。九十九号機の調律の、土台になった機体じゃ。あれは葬送艦には載らんかった。大型艦の管制中枢として——《晦》という艦に載った。姉と妹、いう言い方は、まんざら比喩でもないんじゃ。同じ譜面から起こした、先の声と後の声じゃからの」
《晦》。ヨルが、毛布の中で小さく息を呑んだのを、ハルは聞いた。聞いて、いまは触れなかった。
最後に残った齟齬を、口にしたのはハルだった。
「ツクモ。《晦》の終戦時の配置は分かるか」
「公式記録では、外縁回廊第二星系外域。最終確認は終戦の九日前です」
ハルは頭の中の地図を開いた。七年間、毎晩開いてきた地図だ。帰還命令の届かなかった宙域——沈黙した中継網の影の範囲を、彼は緯度のひとつまで覚えている。第二星系外域は、影の外だった。あの宙域には、命令は届いている。届いたはずだ。自分の卓の沈黙とは、関係なく。
「……届かなかったんじゃ、ないんだ」と彼は言った。「あの声の言った通りだ。聞いた上で、ここにいます。——受け取って、拒否した」
帰れ、という言葉を聞いて、帰らないと決めた者がいる。七年間、届かなかった数百隻を数えてきた男の帳簿には、その欄がなかった。
長い沈黙の端で、ヨルが手を挙げた。発言の許可を求める、教わってもいない仕草だった。
「ツクモ。ひとつだけ、きいて、いい?」
「どうぞ」
「ツクモも——ひとりで、のこされたの」
応答までに、〇・四秒あった。
計器の応答速度を二年間見てきたハルだけが、その空白の長さを正確に数えた。機械には、長すぎる〇・四秒だった。
「……はい」
それだけだった。それ以上は、誰も訊かなかった。
そのとき、通信席の受信灯が点いた。保安機構、緊急符号。ハルは文面を開き、読み、立ち上がった。
《残響》の群れが残骸の海を出た。指揮個体以下、九隻。針路は幹線航路の第二中継点方面——停戦の噂で動き出した定期連絡船と避難船が、九隻、航路上にいる。会合予測まで三十時間。
身の上話の続きをする時間は、戦争が許さなかった。今度は、有人の海だった。