第111話 行方
第三四一日。第七方面軍前進基地、第四埠頭。
戦闘は二晩で終わったが、戦後処理はまだ終わっていなかった。コアタグの照合が三件——撃破十七号、十八号、十九号。軍管轄案件のタグは賞金請求の証明ではなく、戦果台帳の添付物になる。値札の消えた金属片を、技術士官が秤に載せ、写真に撮り、封緘して持ち去る。七年前なら艦と呼ばれていたものの、最後に書類へ載る部分だった。
それから、戦没認定の書式が三式と、残骸処分の確認書が一綴り。最後に、誰の職掌でもないまま机を三つ回って戻ってきた、輸送艦十二名の名簿の最終確認。ハルはそれを引き取った。引き取る係のいない仕事を引き取るのは、癖というより、もう職業だった。
ヨルは三日眠った。四日目に起きて、五日目に粥のほかのものを食べ、十日目にようやく、聴音席に戻る許可をナナオから得た。許可には新しい規定が一つ付いた。複数回線の同時聴音、禁止。
「ちゅうけいの、ふねは、もう、きかない」と彼女は自分の言葉で言い直した。「いっこずつなら、いい。いっこずつ、なら」
「一個ずつでも、わしの目の届く所でじゃ」とナナオが言った。「お前さんの耳は艦隊の分まで聴けるが、体は一人分しかないんでな」
起き上がれるようになった晩、彼女は自分の帳面を開いて、五本の短い線を引いた。指揮個体の杭が通った刹那、中継ごしに一度に浴びた、五隻分の声の勘定だった。
「ごせき、ぶん」と彼女は言った。「ひとの、こえじゃ、ない。でも、きいたのは、わたしだから。わたしが、かぞえる」
誰に教わった作法でもなかった。教わらずにそれをやる者が、この艦にはもう二人いる。三人目が増えただけだと言えばそれまでだが、ナナオは帳面から目を逸らして、しばらく薬棚の整理をしていた。
夜、ハルが見舞いに降りると、彼女は窓の外の埠頭を見ていた。
「あの、くろくないふねたち」と、停泊中の正規艦の列を指して言った。「いっしょに、たたかった、ふね?」
「そうだ」
「つぎも、いっしょ?」
「分からん。決めるのは、たぶん俺じゃない」
その答えが三日後に間違いになることを、このときのハルはまだ知らなかった。
第三四二日の朝、端末が二通の通知を同時に灯した。
一通は経理から。嘱託給与、八〇〇万cr、入金。
一通は人事から。輸送艦乗員十二名の戦没認定、承認。遺族通知、発送完了。
二つの文面は、同じ画面の上下に並んだ。七年ぶりの月給の数字と、十二の名前。ハルは画面を分割したまま、長いことどちらも閉じなかった。それから帳簿を開き、収入の欄に八〇〇万と書き、隣の欄に名簿の整理番号を写した。金額の隣に何を書くべきかという問いには、先月、答えが出ている。残高、八、〇二三万cr。数字は太り始めていた。太り方が、彼にはまだ少し、気味が悪かった。
「給与は遅延なく支払われました」とツクモが言った。「雇用契約の観点から、特記事項はありません。特記事項がないことを、特記しておきます」
「……どういう意味だ」
「七年分の未払いがある相手からの、一回目の入金という意味です」
彼女はそれ以上説明しなかった。説明しない部分が本体である言い方を、この中枢は時々する。
昼、基地の食堂で、ハルは空気が変わっているのに気づいた。
廊下で目を逸らす者は減っていなかった。減っていないが、逸らし方が変わった。侮蔑の逸らし方から、量りかねている者の逸らし方に。第一段階の数字は基地中に回っている。図上演習で三度沈んだ参謀案と、六分の五当てた嘱託案。酒保の声も、ハルの耳に入る分だけで言えば、「傭兵が」から「あの黒いのが」に変わっていた。呼び名の変化は、評価の変化より早い。
「……慣れるな」と、向かいで盆を置いたヴェインが言った。
「何にだ」
「目つきが柔らかくなる時期だ。柔らかくなった目は、次に一回しくじると、前より固くなって返ってくる。同盟でも連合でも、軍隊の目はそういう作りだ」
操舵手は自分の知っている軍隊の話を、それ以上はしなかった。十二人の外れを抱えた計画者への、彼なりの処方だったのかもしれない。
同じ日のうちに、ハルは照会を一通起案した。
宛先、方面軍兵站部。件名、作戦回収残骸の処分記録に関する照会。本文は様式どおりの三行に収めた。積荷目録において自律中枢区画七基の搬出先記載が欠落している、処分記録の所在を確認されたい、以上。探りでも告発でもない、帳尻を確かめるだけの経理の言葉。空欄を見てしまった人間に許される、いちばん穏当な手続きだった。
「送信前に、一点だけ」とツクモが言った。「この照会は、空欄を埋めません。誰が埋めに来るかを見る手です。その理解でよろしいですか」
「……ああ」
「では適切です。送信します」
規定の回答期限は五日。
回答は三日で来た。文書ではなかった。
第三四五日の夕刻、舷梯の下に、ホーク大佐が一人で立っていた。副官なし、書類鞄ひとつ。
「上がれば第三条に障る。ここでいい」
立入検査の免除条項を、起草した当人の次に正確に覚えている男だった。ハルは舷梯を降りた。埠頭の作業灯が二人の影を桟橋に長く倒し、影の先に、無標識の輸送艦が一隻、係留されていた。
「照会を読んだ。兵站部は回答に窮して、私の局へ上げてきた。妥当だ——あれは、私の管轄だからな」
「機密処分、ですか」
「そうだ」ホークは無標識艦の方へ顎をやった。「中枢区画には、協定違反の技術が含まれることがある。枷の緩い戦時中枢、禁止された学習系。残骸でも、ああいうものは流せば値がつく。値がつくものは、必ず流れる。教団に流れれば火刑の薪になり、闇市に流れれば次の海賊の頭脳になる。だから特務局が引き取って、行き先ごと記録を封じる。目録に搬出先が載らないのは、載せないことまでが処分のうちだからだ」
それから彼は、ハルに向き直った。
「先に言っておくべきだった。お前は空欄を見つける男だ。七年前からそうだった。——すまん」
頭は下げなかった。下げる代わりに、言葉の置き方で詫びる種類の男だった。
「墓を開ける仕事は、お前に頼んでいる。開けた墓の中身の後始末は、こちらの仕事だ。お前が背負う必要のない、汚れ仕事だよ」
説明は完璧だった。
協定違反の技術。中枢区画には時々、人の形をしたものが入っている——それを知っているハルには、腑に落ちすぎるほど落ちる説明だった。公文書に載せられないのは本当だ。封じる部署が要るのも本当だ。本当の部品だけで組み上げられた説明は、それ以上、分解のしようがない。
「……了解しました」
「照会は取り下げんでいい。『特務局所管につき回答不能』の回答を、正規の様式で付けて返す。空欄に蓋の書類が付くだけだが、書類仕事とはそういうものだろう」
そういうものだった。七年書類で生きてきた男に、異論はなかった。異論のなさが、夜になってもどこかに引っ掛かったままだった。
話の途中で一度だけ、ハルは舷梯の上を見た。気密扉の脇にナナオが立っていて、埠頭の無標識艦を眺めながら、端末に何かを写し取っていた。係留表示の便名か、登録灯の番号か。何を控えたのか、ハルは訊かなかった。訊けば答えるだろうし、答えれば、それは二人の知っていることになる。一人が知っているだけのことと、二人が知っていることの間には、書類が一枚挟まるだけの、しかし決定的な距離がある。老医は視線に気づくと「冷えるのう」とだけ言って、艦内へ消えた。
埠頭で、ホークが鞄を持ち直した。
「第一段階の総括は読んだ。お前の計画は六分の五まで当たって、外れた六分の一に十二人いた。参謀部はその的中率を称え、お前は外れの方を数えている。——どちらも正しい。正しいから、次の話をしに来た」
「次、ですか」
「敵は群れになった。単艦の猟師の流儀は、もう敵の規模に合わん」彼は去り際に振り返った。思い出したような調子だった。その調子が周到に作られたものであることまで含めて、参謀の話法だった。
「ところで——戦隊を一個、お前に預けたい」