第034話 第四級

 昇級審査の結果は、書類一枚で届いた。
 アマノ・ハル。傭兵ギルド第四級。撃破実績三、検挙実績四、契約不履行ゼロ。審査所見の欄には「単艦戦力としては等級以上」とだけあった。以上、の二文字に審査官の渋面が透けて見えた。

 窓口で、ミミナは判を押しながら事務的に言った。
「第四級。単独受注の上限が二千万まで上がる。中型の還らず艦案件に、正面から応募できる等級よ」
「早かったな」
「早すぎる、の間違いでしょ。登録から三月足らずの第四級は、この支部の記録で二人目。一人目は知りたい?」
「いや」
「賢明ね。線を引いた側の名前だから」
 彼女は新しい等級章を窓口に置いた。第五級の灰色より、わずかに濃い灰色の樹脂。
「それと、死亡保険の掛金が上がる。月四万から、月九万。葬儀屋稼業は等級が上がるほど保険が高くなるの。死亡率の統計に、等級補正がかかるから」
「上に行くほど、死にやすい統計か」
「上に行くほど、深い墓を掘りに行く統計。──おめでとう、とは言わない規則なので」
「聞かなかったことにする」
「そう。じゃあ言うけど」ミミナは判の朱を拭きながら、声の調子を変えずに言った。「おめでとう。線を引かずに済んでる」

 昇級を、艦では誰も祝わなかった。
 ヴェインは等級章を一瞥して「……灰色が濃くなっただけか」と言い、ナナオは「保険料が倍になる昇進など、わしの業界では誤診と呼ぶがの」と言った。ツクモだけが事務的に祝意の定型文を再生しようとして、ハルに止められた。
 それでも夕食の卓に、ナナオは難民区画の市場で買った揚げ菓子を黙って置いた。四人分──正確には三人分と、ツクモの集音器に近い席の前に、皿だけが一枚。
「皿は要らんじゃろうが」と老人は言った。「席は、要る」
 誰もその皿に触れず、誰も片付けろとも言わなかった。祝いの形式としては、この艦に合っていた。

 同じ日、保安機構の認定も下りた。
 準指定業者、正式認定。保安機構発注の案件を、ギルドの窓口を介さず直接契約できる資格。手数料一五%の消滅は、帳簿の景色を初めて変えた。現在の残高、約三百四十万cr。RV-771の賞金三百六十万は直接契約で手数料こそ引かれなかったが、追撃で燃やした燃料七十万と諸経費、保険の月額がいつも通りの取り分を持っていった。それでも初めて、月の固定費の三月分が手元に残っている。
 自転車操業の車輪が、ほんの少しだけ大きくなった。
 それだけのことに三月と、命懸けの猟が三回、必要だった。
 認定式というものは、なかった。代わりに分署の窓口で、貸与品が三点支給された。保安機構の通信端末、検問用の電子紋章、そして緊急出動要請の受信器──二十四時間、切ることを許されない小さな箱。
「鎖だ、それは」と、引き渡しの場でカンプは言った。「準指定ってのはな、機構が便利に使える鎖につけた、上等な首輪の名前だ。わかって受けてるな?」
「報酬のいい首輪だ」
「なら、いい」分署長は決裁箱に目を戻し、思い出したように付け足した。「直接契約の一発目から、大物を食おうとするなよ。最初の案件で背伸びした準指定が、これまでに何匹墓場へ行ったか──」
 その忠告の三日後にKC-118の案件が出ることを、このときはまだ、どちらも知らなかった。

 悪名の方は、昇級より速く歩いていた。
 ドックの通路で、ハルは見知らぬ男に頭を下げられた。五十がらみの、採掘夫の作業着の男だった。
「……あんた、だろ。DP-09をやったのは」
「依頼を受けただけだ」
「俺の同僚が、去年あれに撃たれた。操船士で、二十二の倅がいた──いや、倅の方が二十二か」男は言葉の順番を間違え、間違えたまま続けた。「航路が再開して、組合の連中は祝杯を上げてる。俺は、何に礼を言えばいいのかわからんで……とにかく、あんたに言うことにした」
 男は深く頭を下げて、返事を待たずに行った。礼を受け取る手順を、ハルは持っていなかった。持っていないことを、男の方も察していたのだろう。だから返事を待たなかった。
 その三歩先で、別の声が来た。
「同族喰いの葬儀屋が」
 通路の壁にもたれた酔漢だった。年格好と、外套の徽章をむしった跡。元同盟兵だ。男は床に唾を吐いた。
「同盟の船を、よくも次々と。あれはな、置いてかれただけだ。あれも、俺たちも──置いてかれただけだ」
 酔漢は絡んでは来なかった。絡む気力も、もう残っていないのだ。ハルは立ち止まらず、しかし歩調も変えずに通り過ぎた。
 恩人と、仇。同じ仕事への二つの返答を、同じ通路で、三歩の間に受け取った。どちらも正しかった。どちらも正しいことが、この稼業の仕様だった。

 夕刻、保安機構の直接契約端末に、新規案件が載った。
 ギルドの掲示板にも同じものが転載されていたが、準指定業者には機構側の原本が先に届く。ハルは原本を開いた。
 ──標的、還らず艦。旧連合軍通信中継艦、武装改修型。識別符号KC-118。所在、第二星系外縁、旧船団残骸帯。直近七年の被害、船舶六隻、死者十四名。賞金一千百五十万cr。残骸サルベージ権付帯。
 一千百五十万。中型案件。第四級の上限の内側で、準指定の直接契約なら手数料もない。帳簿の上では、文句のつけようのない大物だった。
 ハルの指は、しかし金額の上では止まらなかった。
 識別符号の上で、止まった。
 KC-118。
 依頼票の本文を、ハルは機械的に読み進めた。読み進める目と、止まったままの思考が、別々に動いていた。被害記録、六隻、十四名。最古の被害は終戦の翌年──救難信号の断片を拾って接近したサルベージ船、乗員三名。直近は八月前、独航の貨物艇、乗員二名。備考欄: 当該宙域は救難周波数の異常発信が継続しており、航行警報発令中。異常発信の内容については「戦時通信の残響」とのみ記載。
 残響、という言葉を選んだ起案者は、内容を聞いたのだろう。聞いた上で、報告書に書ける言葉がそれしかなかったのだろう。
 頭の中で、七年前の夜の配線図が、勝手に展開した。中央送信局。方面中継網。外縁第三中継線──彼の卓。その下流に、受信を待っていた局のリスト。固定局が四つと、移動中継艦が三隻。移動中継艦の識別符号は、KC-104、KC-111、そして。
 KC-118。
 あの夜、彼の指が打った再送信を、受け取るはずだった艦のひとつが、まだそこにいた。
 受け取れなかった艦は、七年間、待機配置を解かれていない。解かれないまま、死者の声を撒き、近づく者を撃ち、十四人を殺した。その十四人は、ハルの私的な帳簿の、どの行に書かれているか。彼は開かずに思い出せた。三年前の頁に三行、去年の頁に二行──全部で六行。書いた夜の天井の色まで、思い出せた。
 依頼票の受託の欄に、指を置いた。
 置いたまま、長いこと、押さなかった。
 受ければ、自分の中継局の下流へ、七年遅れて出向くことになる。届かなかった先で何が起きたかを、コアタグと最終ログの形で、自分の手で確かめることになる。
 押さない理由を、彼は十も数えられた。押す理由は、一つしかなかった。十五人目が出る前に、誰かがあれを終わらせる。そして「誰か」の席に座れる人間は、外縁回廊に、たぶん自分しかいない。
 ハルは、受託を押した。
 端末が事務的な確認音を立て、契約番号が発行された。彼の七年に、初めて、宛先のある仕事が来た。