第049話 回収部隊

 封鎖の公示から五日後、通告書が届いた。

 差出は星系連合軍、終戦処理部門。件名は「遺棄軍用資産の管理権回収について」。本文は三頁あったが、要約すれば一行だった——《揺り籠》残骸のサルベージ権を、軍が買い上げる。

 提示額、三百万cr。

「相場の何分の一じゃ、これは」

 ナナオが通告書を覗き込んで言った。

「九百メートル級の残骸じゃぞ。装甲材と機関部品だけで、まともに売れば二千万は下らん。係留されとる十一隻の船体は別勘定としてもじゃ」

「拒否権は」

「ありません」とツクモが言った。「終戦協定付属の資産管理条項です。旧軍籍の艦体について、軍は安全保障上の必要を宣言すれば、補償額を一方的に定めて回収できます。法的には、完全に合法です。不服審査の申し立ては可能ですが、審査するのは同じ軍の審査部です」

「合法で、何もかもが速い」

 ハルは通告書の日付を見ていた。撃破認定から封鎖まで三日。封鎖から買い上げ通告まで五日。中央の決裁が外縁に届くには、ゲート経由の通信遅延だけで数日かかる。つまりこの決定は、撃破の報告がゲートを抜けたほぼその瞬間に、誰かが判を押している。報告書が机に載る前に決裁が降りる役所など、この宇宙に存在しない。存在するとすれば、それは報告を待っていた誰かだ。

 廃艦の残骸に、その速度を出す理由が、普通はない。

 回収部隊の艦は、二日後にテネブラエ港の軍用バースへ入った。

 工作艦一隻と護衛のフリゲート一隻。編成表の上ではそれだけだが、ハルは桟橋からその艦体を一目見て、違和感を喉の奥に飲み込んだ。工作艦の舷側に並んでいるのは、サルベージ用の汎用腕ではなかった。装甲解体用の重切断機。耐爆殻付きの回収艇。区画ごと切り出して持ち帰るための密閉コンテナ。戦闘工兵の装備だ。死んだ艦の鉄屑を拾うのに、生きた要塞をこじ開ける道具を持ってきている。

「ありゃ解体ではない。発掘じゃ」と、隣でナナオが低く言った。「壊さんように、掘り出す装備じゃ」

 買い上げの事務手続きと併せて、「撃破時の状況に関する参考聴取」が要請された。場所は港湾事務所の会議室。任意とあったが、断る選択肢が実際にあるとは、書面のどこにも書いていなかった。

 聴取の前夜、ハルは艦で手を打った。

 少女を、機関区画の最深部——ナナオが整備用に切り開いた遮蔽区画へ移す。艦の構造図に載らない、配管と隔壁の隙間の小部屋だ。医療ポッドごと運び込み、ナナオが代謝を抑える処置をかけた。

「眠っとる方が、熱源としても小さい。……すまんな、嬢ちゃん。狭いとこで」

 少女は処置を受けながら、抵抗もせず、問いもしなかった。ただポッドの中から、作業をする二人を順番に見ていた。移される理由を訊く言葉を、彼女はまだ持っていない。持たないまま、従う。その従順さに、ハルは《揺り籠》の係留腕を思い出し、思い出した自分を嫌った。

「艦長。当艦への立入検査が行われる確率は低いと試算します。港湾の管轄は保安機構にあり、軍が民間艦を検めるには別の令状が要ります。カンプ分署長が令状に協力する採算上の動機も、ありません」

「低いのと、ゼロは違う」

「はい。同意します。ゼロでない確率に対する備えとして、この措置は妥当です」

 聴取に現れたのは、若い士官だった。

 階級章は大尉。終戦処理部門の所属だと名乗ったが、姿勢と所作は事務方のそれではなかった。机に端末を置き、録音の同意を取り、型通りの確認から入る。撃破の日時、使用兵装、交戦の経過、貴艦の損害。

 ハルは元軍人の顔で、型通りに答えた。供述は査定報告書と一字も違わない。違わないように、三時間かけて作った現場なのだ。元通信下士官は、供述というものが照合されるためにあることを知っている。照合に耐える嘘は、最初から一つしか作らないことだ。

 二十分が過ぎた頃、質問の重心が動いた。

「杭の貫通経路は、主管制区画を抜けた後、艦尾側へ三十度偏向していますね。徹甲杭は通常、直進するものでは?」

「装甲との交角次第だ。隔壁で弾かれて経路が折れるのは珍しくない。検証班の弾道再構成がある」

「拝見しました。よくできた再構成です。——折れた先に、副中枢区画があった。あの区画の内部を、撃破後に確認しましたか」

「ログ回収のために乗艦した。確認した」

「区画内の状態を、できるだけ詳しく」

 ハルは検証班の写真にあるとおりの光景を、過不足なく言葉にした。焼損した基板。杭の破片。培養槽——とは言わない。「冷却系の圧力容器らしき残骸」と言った。検証班の所見がそう書いていたからだ。供述は所見をなぞり、所見は現場をなぞり、現場はハルの三時間をなぞっている。円は閉じている。閉じているはずだった。

 士官はメモを取らなかった。最初から、書面の答え合わせをしに来ているのではなかった。質問は再びかたちを変え、同じ場所の周りを回り続けた。区画の温度は。浮遊物は。生命維持系の配管に、稼働の痕跡は。臭いは——臭い? 真空区画に臭いを訊く回収担当が、どこにいる。あれは船内服の循環器に残る臭気の話だ。生き物のいた区画の。

 不意に、ハルは理解した。軍時代に何百回も見た目だ。紛失した機密文書を探す保全将校の目。在庫の合わない弾薬庫を調べる監察の目。この男は、破壊の確認に来たのではない。

 回収しに来て、空振りした目だ。

「……以上で、参考聴取を終わります。ご協力に感謝します」

 士官は端末を畳み、立ち上がり、ドアの手前で足を止めた。そして、世間話の口調で言った。

「葬儀屋の二つ名は、伊達ではありませんね。あれだけの大物を単艦で。中央でも報告が読まれていますよ。——最後に一つだけ。職業的な興味です」

 振り返った顔に、表情はなかった。

「中枢の残骸を、その目で見たか?」

 一拍。ハルは同じ温度で返した。

「杭が通った後の中枢を、見たことがあるか。大尉」

「いえ」

「何も残らない。見るものがない。——それが、うちの商売道具だ」

 士官は数秒ハルを見て、頷き、出ていった。ドアが閉まる音は、礼儀正しく、静かだった。礼儀正しい音ほど、後に残る。

 艦に戻ると、ナナオが機関区画から上がってきたところだった。

「嬢ちゃんは無事じゃ。処置を解いた。バイタルも問題ない。——それでな、艦長。妙なことがあった」

「何だ」

「聴取のあいだ、わしはあの子のそばにおったんじゃがな。あの子、ずっと天井を見とった。それも、一点ではない。視線が、動くんじゃ。係留桟橋の方から、港湾事務所の方へ。ゆっくり、一定の速さで。……あんたの靴音でも追うみたいに」

 遮蔽区画から港湾事務所まで、隔壁が何枚あると思っているのか。聞こえるはずがない。はずがないことを、この子について言い切れる者は、この艦にはもういなかった。

「眠らせとったのにじゃ。代謝を落として、意識レベルも下げて。それでも耳だけは——耳ではないな。何かは、起きとった」

 ナナオは声を落とした。

「なあ、艦長。整理しよか。生体管制コアは、公式には存在せん。終戦協定違反じゃからな、連合は存在自体を隠しとる。隠しとるもんは、書類に書けん。書類に書けんもんには、予算も部隊もつけられん。——その存在せんもんを、軍が戦闘工兵連れて探しに来とる。書類の上の理由は一つも立たんのにじゃ」

 老人の目から、飄々が消えていた。

「誰が、何のためにじゃ」

 答えはない。あるのは、速すぎた決裁と、重すぎた装備と、空振りした目だけだ。七年前の夜の沈黙した中継網と同じで、見えているのは結果だけで、手はどこにも見えない。ハルは見えない手というものを信じない質だった。信じないが、二度目ともなれば、覚えはする。

 その夜、回収部隊の二隻は補給を終え、封鎖宙域へ向けて出港していった。ブリッジの舷窓から遠ざかる航跡灯を見送るハルに、ツクモが言った。

「艦長。出港した二隻の航路申請を照合しました。フリゲートの哨戒計画には、当港の出入港記録の定期取得が含まれています。合法的な、公開情報の収集です。費用も人員も最小の、教科書どおりの監視網です」

「つまり」

「我々は、見られています」