第092話 回収者たち
予測は二日で当たった。当たり方だけが、予測より悪かった。
群れの先遣二隻が入ったのは、シネレオ港そのものではなく、港から四十万キロ離れた外郭の採掘場だった。鉱石の精錬塊を港へ射出するマスドライバーを持つ、統治府系の民間施設。狙いは前回と同じ——係留残骸と、貯蔵推進剤。違ったのは、そこにまだ五十人からの作業員がいたことだった。
第一報の九分後に《送り火》が抜錨したとき、最初の射撃はもう終わっていた。還らず艦は作業艇二隻と管制塔の半分を「障害物」として撃ち、七人が死んだ。怒ってもいない、急いでもいない射撃だった。荷役の邪魔になる動くものから、先に潰す。
「彼我の条件を整理します」接近航走の間に、ツクモが戦術図を組んだ。「敵先遣、二隻。旧同盟系の駆逐艦と、旧連合の砲フリゲート。旗の混在は確認済みです。本艦が正面で撃ち合った場合の生存確率は、申し上げる価値がありません」
「撃ち合わない。いつも通りだ」とハル。「だが今回は、いつもの猟もできない。忍び寄る時間がない。作業員の退避が終わるまで、敵の砲はずっと『障害物』を探してる」
「位置関係も悪い」ヴェインが図に線を引いた。「採掘場の背後は港の方位だ。流れ弾の先に、桟橋と配給の列がある。敵を港側に逃がす機動も、撃たせる方位を誤るのも、論外だ」
使える札を数える。ステルスは時間切れ。正面火力は論外。杭は三本——近づければ、だが。
ハルは採掘場の設備台帳を呼び出した。書類で獲物を探す男は、戦場でも書類から始める。台帳の三頁目に、それはあった。鉱石射出用マスドライバー。軌条長三キロ、射出体は精錬塊二百トン、射出速度秒速九キロ。港へ向けて鉱石を投げるための、固定された巨大な腕。
「ツクモ。これは砲か」
「砲です。ただし旋回五度、俯仰二度、装填に二十分。狙って当てる兵器ではありません。——的の方を、軌条の延長線上へ運べるなら、話は別ですが」
「運ぶのはお前の仕事だ。予測戦術の」
「承知しました」ツクモの声は平坦なままだった。「敵二隻の回避機動は、これまでの観測ではすべて教範準拠です。教範は、私の蔵書です」
接近の途中で、ヨルが監視席から言った。聴きに行ったのではない。聴こえてしまう距離まで、艦の方が近づいたのだ。彼女の耳は、閉じる蓋を設計されていない。
「……二隻とも、ふるい歌のうえに、あたらしい拍子が、のってる。ふるいほうは——駆逐艦のは、船団護衛のうた。フリゲートのは、対地射撃のうた。どっちも、もう、まもるものも撃つものも、ないのに」
「報告として記録します」とツクモ。
「うん。ほうこく。……でもね、ツクモ。あたらしい拍子のほうが、おおきい。ふるい歌が、きこえなくなりそう」
七年間、彼らを動かしてきたのは古い歌だった。それを上書きしている何かがある。撃つ前から、ハルはもう墓を二つ、半分開けてしまった気分だった。
段取りは三つの数字でできていた。
退避艇の収容完了まで、最短二十六分。マスドライバーの装填と射出諸元の手動入力に、十九分。そして《送り火》が遮蔽なしで敵の有効射程に身を晒していられる時間——ツクモの計算で、八分。
「八分を超えた場合は」
「敵の火器管制が本艦の機動誤差を学習し終えます。以後の被弾確率は一分ごとに倍増します」
「七分で終わらせる」言ってから、ハルは付け加えた。「終わらなかったら、撤退して作業員ごと施設を捨てる判断をする。先に言っておく。その判断をさせないために、全員、手を抜くな」
最適解として平然と「捨てろ」と言うのがツクモの仕事で、それを判断の最後尾に置き直すのがハルの仕事だった。置き直したものが消えてなくなるわけではないことも、二人とも知っていた。
ハルは施設の管制士に回線を繋ぎ、射出体を装填させた。死んだ同僚の隣で手順書を読み上げる管制士の声は震えていて、それでも手順は飛ばなかった。
「本艦、出ます」
《送り火》はデブリの陰から、わざと半身を晒して滑り出た。忍び寄ることを捨てた葬送艦は、ただの火力不足の巡洋艦だった。敵駆逐艦が即座に応じ、砲フリゲートが教範どおりの斜行で射界を確保しにくる。ツクモが囮歌を流す。欺すための歌ではなかった。脅すための歌——既知の対艦ミサイル群の発射前兆を装った偽信号が、敵の回避則の重みづけを一方向へ傾けていく。右は脅威密度が高い。左は残骸が薄い。ならば教範は、左へ躱せと言う。
左は、軌条の延長線だった。
「砲フリゲート、予測線上。三、二——射出」
閃光はなかった。秒速九キロの精錬塊は、光らずに飛んで、音もなく当たった。砲フリゲートの艦体中央が内側へ折れ、機関区が裂け、艦が二つになった。前半分が回りながら漂い出すのを、ハルは呼吸ひとつ分だけ見ていた。
駆逐艦が反転した。脅威評価の最上位を、撃ってきた施設に書き換えたのだ。砲が採掘場へ向く。装填二十分の砲は、もう間に合わない。
「ヴェイン」
「……もらってる」
返事より先に艦は動いていた。反転する駆逐艦の機関噴流の死角——艦が自分の尾で目隠しになる数十秒へ、《送り火》は最短距離で潜り込んだ。距離一千二百。中枢杭、一番管。
「発射」
杭は装甲を抜け、七年動き続けた中枢を物理で止めた。駆逐艦は撃ちかけた姿勢のまま、ただの質量になった。
群れの本隊は、長距離の光学にずっと映っていた。六隻。輪形のまま、外周で網を張り、先遣の戦闘に最後まで加わらなかった。
二隻の沈黙を確認すると、本隊は整然と回頭し、増速し、去った。追撃も、報復もなかった。損害を計上し、計画を更新する者の去り方だった。
「艦長。記録すべき事項があります」とツクモが言った。「本日の敵の回避は教範準拠でした。次は、準拠しません。個体は教範で動きます。群れは——教範を書き換えます。彼らは学習しています」
「根拠は」
「私が同じ立場なら、そうするからです」
その回答の不気味さに、ブリッジの誰も触れなかった。
撃破の後の仕事は、いつも通りで、いつも通りではなかった。
作業員の死者七名の名簿を起こし、保安機構の様式に写す。最年少は十九だった。退避艇の順番を譲った側の名前が、譲られた側の聴取記録の中で三度繰り返されていた。ハルは備考欄にそれを書き、書いてから、備考欄に書ける種類のことではない気がして、それでも消さなかった。
コアタグは二枚。賞金は告示どおりなら一律三百万crが二件、ただし共同拠出の検認は三者の判子が揃うまで下りない。敵同士が出し合う財布は、敵同士が確かめ合う財布でもある。入金予定の欄に、ツクモは「未定」と記入した。
撃破証明のため、二隻の中枢へ移乗する。砲フリゲートの中枢は、二つに折れた艦の前半分に無傷で残っていて、駆逐艦の中枢は杭に貫かれたまま、どちらも最終ログを差し出した。
ログの末尾に、それはあった。七年守ってきた最後の命令の上に、真新しい命令が重ねて書き込まれている。受信日付は四十日前。正規の軍用書式。様式番号、優先度条項、認証鍵世代——七年前の戦争の作法で、一分の隙もなく整えられた、上書き。
ハルは表示の前で、手を止めた。戦時ログを読むときに止まる手が、今夜は別の理由で止まっていた。書式の頭三行を、彼は読まずに諳んじることができた。全艦一斉、最優先、全命令上書き条項。七年前のあの夜、彼の卓を通っていったものと、同じ顔をしていた。
「ツクモ。この上書きを解析できるか」
「解析を開始しています」
ツクモが両艦の最終ログを保存した。百二十五件目、百二十六件目。彼女はいつもなら保存完了だけを告げ、それで仕事は閉じる。今夜は、告げたあとに沈黙した。八秒。機械には長すぎる沈黙のあとで、彼女は言った。
「……この書式を、私は知っています」