第113話 編隊

 五分の面談は、四十分かかった。
 ハルは席を立つ代わりに、端末を一台、卓の上で起こした。《送り火》の記録から、ツクモが十九隻分の一覧を会議室に流す。撃破年月日、宙域、艦級、識別コードの有無、回収できた範囲の最終命令。葬儀屋の帳簿の、引き算の側の全部だった。
「七年前の、いつだ」
「終戦の年の暮れだ。復員船団の護衛で、第二星系の外れにいた」とガロは言った。「識別不明の還らず艦に、護衛艇を二隻持っていかれた。乗員二十六名。艦影は襲撃巡洋艦級、機関波形の記録は残っとらん」
 ツクモが照合を回した。十九件、総当たり。
「該当なし、です」と彼女は言った。「撃破済みの十九隻に、当該事案と整合する個体は含まれません」
 ガロは長いこと一覧を見ていた。それから、卓を指の節で一度だけ叩いた。
「……そうか。まだ外に居るわけだ」
「次の作戦海域は、あんたの言った宙域に重なる」とハルは言った。「会うかもしれん。会わないかもしれん」
「会ったら、どうする」
「他の艦と同じ手順で沈めて、同じ手順でログを読む。あんたの二十六名の分だけ深く杭を打つ、という芸当は、うちの艦にはない」
 ガロの目が、初めて値踏み以外の動きをした。怒りが来るかと思ったが、来たのは別のものだった。
「……結構」と彼は言った。「特別扱いをされるようなら、降りるつもりだった」
「降りられたか。転属辞令だろう」
「軍隊にも、降り方はいくらでもある。健康診断とか、な」少佐は端末の一覧を、もう一度だけ上から下まで見た。「七年、俺はあの二十六人の艦を探して、軍の台帳を眺めてきた。台帳は何も教えん。あんたの帳簿は、十九隻ぶん、台帳より物を知っとる。……それだけ確かめに来た」
 彼は今度は、ちゃんと敬礼をして出ていった。但し書きの三行は、たぶんもう読み直さない男だった。

 戦隊訓練は、翌日から十日間。
 最初の壁は技術ではなく、生理だった。撃ち合わない戦術——射界から外れる、隠れる、逃げる——を正規士官に仕込むのは、利き腕を縛って飯を食わせるのに似ている。《迎え火》は図上演習の一回目、教範どおりに突出して、図の上で沈んだ。二回目は慎重に下がりすぎて、護衛対象を図の上で喰われた。三回目、ツクモは敵役の還らず艦群に第一段階の実測データを与え、《迎え火》の回避機動の癖を二手目で学習させて、三たび沈めた。
「判定。《迎え火》、戦闘不能」と、演習回線に淡々と声が流れる。「敗因は技量ではありません。二回目と同じ癖で逃げたことです。彼らは、二度目から覚えます」
 回線の向こうで、コルベルが長く黙った。それから言った。
「……いまの判定ログを、全量ください。乗員教育に使います」
 負けの記録を全量寄越せと言える士官は、多くない。彼女は手順の正確さだけは認め始めていて、認めた自分への苛立ちが、語尾の硬さに出ていた。
 四回目の図上演習で、《迎え火》は初めて生き残った。逃げる針路を、前の三回のどれとも違う癖で引いたからだ。判定の声は淡々と「《迎え火》、離脱成功」とだけ告げたが、コルベルは判定ログを今度も全量要求した。生き残った理由を、勝った気分で上書きしない士官だった。
 五回目からは、《燈籠》が敵役の裏に回った。
 電子戦フリゲートの仕事は、囮歌の歌い手と同じ土俵にある。ガロは演習で、ツクモの偽装波形に三度騙され、四度目に一度だけ、騙されたふりで逆を取った。偽装の偽装。判定は《燈籠》の負けで変わらなかったが、その晩、ツクモは運用記録に一行を足した。
「本日の演習で、私の予測の外に一手だけ手が置かれました。発生源、《燈籠》。大戦帰りの電子戦士官の手筋です。……いい喉です、艦長。あの艦は、歌わせる価値があります」
「褒めているのか」
「評価です。褒める機能は、仕様にありません」
 敵役を務める中枢の正体について、僚艦に開示されたのは一行だけだった。特例運用許可済みの戦術中枢。型式名はない。コルベルは一度だけ「どこの工廠の中枢ですか」と訊き、ツクモ本人が「特例許可済みの、戦術中枢です」と同じ一行を読み上げて、それで終わった。終わらない顔をしていたが、規律が顔の上から蓋をした。
 最後の三日は、三隻で歌う訓練に充てた。
 囮歌を三声に割る。《送り火》が主旋律を、《迎え火》が護衛の嘘を、《燈籠》が別の獲物の幻を。三つの嘘は、互いに矛盾した瞬間に全部死ぬ。最初の通しでは十一分で矛盾が出た。二度目は四十分。三度目の通しで、三隻の嘘は二時間、一つの風景として立ち続けた。
「合格点ですか」とコルベル。
「合格点はありません」とツクモが答えた。「敵は学習します。今日の合格は、次の戦闘の開始時点の点数にすぎません」
 ガロは多くを訊かなかった。演習のたびに《送り火》が流す撃破手順の最後——ログの回収、艦名の照合、最終命令の記録——を、批判も賛同もせず、黙って見ていた。一度だけ、回線越しに訊いた。
「その手順は、弔いか。それとも験担ぎか」
「記録だ」とハルは答えた。「弔いになるかどうかは、読む側が決める」
「……読む側、な」
 それきりだった。値踏みの目は続いていたが、量っているものが変わっていた。

 訓練の間、《燈籠》の電測士官から、技術調整のため《送り火》への来艦希望が三度出た。三度とも、ツクモが条項番号で断った。第三条、立入検査の免除。第四条、乗員名簿の提出免除。技術調整は全て回線越しに行われ、《送り火》の艦内に、僚艦の人間は一人も入らなかった。
 八日目には、もっと際どいのが来た。戦隊新編に伴う安全監査、という名目の、基地の監査課の定期巡回。正規艦なら断る理由のない訪問だった。ツクモは条項番号を二つ返し、監査課は書類の上で三十分粘り、最後は「特務局の確認を取る」と言って引いた。確認の答えがどうだったのかは、二度と来なかったことが答えだった。
 条項は、契約の日からずっと盾の形をしていた。盾が初めて本来の仕事をしたのは、この十日間だった。書いた本人にも、盾が何を守っているのかを正確に知る者は、艦の外には一人もいない——一人もいないはずだ、とハルは書類の上では考え、書類の外では考えないことにしていた。
 ヨルは演習の間、聴音席で味方の機動を聴いていた。
「《むかえび》は、こわがって、うごく。《とうろう》は、おこって、うごく」
「怒って?」
「うたが、かたい。……でも、ふたつとも、じょうずに、なってきてる」
 彼女は窓から僚艦の灯を見るのが日課になった。みるのは、きんしされてない、という言い分は、条項の隙間の使い方として正しかった。隙間を探したのが十一歳の形をした中枢だということは、条項のどこにも書いていない。
「あのふねの、ひとたちは、わたしを、しらない」と、ある晩、窓辺で彼女は言った。
「ああ」
「いっしょに、たたかうのに?」
「一緒に戦うために、知らないままでいてもらう」とハルは言った。彼女は少し考えて、頷いた。納得の頷きではなく、宿題を持ち帰る側の頷きだった。
 十日目の夜、ヴェインが当直明けの艦橋で、珍しく自分から口を開いた。
「……戦隊か。悪くない響きだ。昔は、もう少し大きいのを転がしてた」
「駆逐隊か」
「護衛隊だ。船団の周りを、犬っころみたいに回る仕事だ。……あの頃の俺に、逃げる訓練をしてくれる奴がいたらな」
「同盟の教範にも、なかったのか」
「あった。最後の頁にな。最後の頁を開く頃には、たいてい艦の方が先になくなってる」
 それ以上は言わなかった。言わない部分の数字を、艦橋の全員が知っていた。
 翌朝、第二段階の下令が来た。任務名目、廃棄予定資材集積地の防衛。所要、未定。添付の想定海域図を開いて、ハルは座標の並びを一度だけ指でなぞった。第二星系の外れ。七年前の暮れに、復員船団が護衛艇を二隻喰われた宙域が、図の右下に掠っていた。
 名目の下の実体を、戦隊の三隻はもう知っていた。守るのではない。守っているふりで、餌にする。