降下用シャトルの窓は、他の艦艇規格に合わせた小さな楕円形で、外の景色を四角く切り取っていた。オルコットはそこから、デルフォスの緑がかった大気圏を見下ろしていた。上層の雲は薄く、その下に鉛色の海と、精錬プラントの排煙らしき筋がいくつも見えている。平和な惑星の顔をしていた。地下に何が眠っているかなど、誰も知らない顔だ。

さらにその先、大気圏の縁を越えた黒の中に、灰域特有の淡い塵の帯がわずかに見えた。艦隊戦を何度もくぐり抜けてきたオルコットにとって、灰域はいつも同じ表情をしている。何もない、何も語らない、ただ広いだけの闇。だが今日だけは、その闇の向こうに、セシルが今どこでどんな顔をしているのか、想像せずにはいられなかった。

シャトルの座席は硬く、振動が絶えず尻から背中へ伝わってくる。隣ではマグダの部下たちが、無言で装備の最終点検を続けていた。弾倉を叩いて確認する音、ストラップを締め直す音、そして誰かが小さく息を吐く音。戦いの前の、独特の静けさだった。オルコットは自分の手のひらが、いつもよりわずかに湿っていることに気づいた。艦を降りて地上に立つのは、久しぶりだった。艦橋の椅子に座り、数値と光点だけを相手にする戦いには慣れている。だが今日は違う。自分の足で歩き、自分の目で確かめなければならない任務だった。

向かいの座席では、若い修道士アダムが膝の上で両手を組み、目を閉じていた。祈っているのか、それとも単に緊張を押し殺しているだけなのか、オルコットには判別がつかなかった。鎮魂会の立会人という役目は、戦闘要員としての訓練を受けていない者には、あまりに重い仕事だ。だが院長は、鍵の確保の瞬間に立ち会う者を、あえて武人ではなく修道士に任せた。それが何を意味するのか、オルコットはまだ考えあぐねていた。

「艦長、《薄明》より通信」

同乗するダーナの通信士から、ヘッドセット越しに副長の声が届いた。距離のせいで、声にはわずかなノイズが混じっていた。

『陽動航路へ移行します。連邦の哨戒網を、プラント跡地から離れた方向へ引きつけます』

「頼む、ダーナ。深追いはさせるな。だが視線はこちらに引きつけ続けてくれ」

『了解しました。ご武運を』

「――お前もな」

通信を終える直前、ダーナの声にほんの一瞬だけ、いつもより硬いものが混じった気がした。艦長を地上に降ろし、自分が艦の全指揮を執る――それは彼女にとっても初めての経験だった。副長としての経験は十分に積んでいるはずだが、実際に全責任を背負う瞬間の重さは、経験だけでは埋まらない部分がある。オルコットはそれを承知の上で、それでも彼女に艦を託した。信頼というのは、任せてみなければ確かめようがないものだ。

通信が切れると、シャトル内にはエンジン音と、微かな空気循環の音だけが残った。オルコットは目を閉じ、今一度作戦の手順を頭の中でなぞった。坑道への進入、隔壁の突破、鍵の確保、撤収。単純な四段階だが、その一つ一つに、セシルが命がけで届けた情報が組み込まれている。もし情報のどこか一箇所でも古ければ、この単純な四段階は崩れる。艦の指揮を離れ、自ら地上に降りると決めたのは、他人任せにできない核心部分だからだと自分に言い聞かせていたが、本当のところは違うのかもしれない、とふと思う。彼女の届けた情報を、他の誰でもなく自分の手で確かめたかった。そんな私情が、指揮官としての判断に紛れ込んでいないか、オルコットは自問した。答えは出なかった。

シャトルは大気圏を突破し、プラント跡地近くの隠蔽された着地点へ降下していく。窓の外に、老朽化した緊急脱出坑道の入口が見えてきた。錆びついた鉄骨と、半ば土に埋もれたハッチが、長い年月の放置を物語っていた。

『連邦哨戒艦、反応しました。哨戒艦2隻がこちらへ向かっています』

ダーナの声には緊張があったが、乱れはなかった。オルコットはその声の落ち着きに、わずかな安堵を覚えた。彼女に艦を預けたことは、間違いではなかったはずだ。

「そちらは任せる。俺たちは坑道へ入る」

シャトルが着地し、油圧の抜ける音とともに乗降口が開いた。オルコットはマグダ、アダム、そして地上侵攻部隊とともに機外へ出た。外気は湿っていて、微かに硫黄のような臭いがした。精錬プラントの排水が染み込んだ土壌の臭いだろう。足元の土は柔らかく沈み、ブーツの底に絡みついた。坑道の入口は、瓦礫と錆に覆われていたが、事前の偵察情報通りだった。

「艦長、地上は思ったより静かだ」

マグダが小声で言った。

「静かすぎるのが、逆に気になるところだな」

「同感だよ。だから油断はしない」

マグダは慣れた手つきで突撃銃の遊底を引き、装填を確認した。残り火隊を率いて何度もこの手の任務をこなしてきた女だ。その所作には、無駄も迷いもなかった。オルコットは自分の腰の拳銃に手を添えながら、艦長としてではなく一人の兵士として、この作戦に加わっていることを改めて意識した。艦橋で下す決断と、ここで下す決断は、重さの種類が違う。ここでは、自分の判断の結果を、自分の目ですぐに見ることになる。

「行くぞ」

アダムがオルコットの傍らに歩み寄り、小さく囁いた。

「艦長、私はどこに立てばよろしいでしょうか」

「俺の少し後ろにいてくれ。危険を感じたら、遠慮なく声を上げてくれればいい」

「――承知しました」

若い修道士の声には緊張が滲んでいたが、それでも彼は逃げ出そうとはしなかった。オルコットはその覚悟に、小さく頷き返した。

隊列を組み、坑道内部へと進入していく。入口をくぐった瞬間、外気の湿った臭いが、金属と埃の乾いた臭いに変わった。ヘルメットのライトが、闇に沈んだ通路を切り取るように照らす。老朽化した通路は、図面通りとはいかず、崩落した瓦礫が行く手を塞ぐ箇所もあったが、残り火隊の熟練兵たちは着実に前進していった。足音は意図的に殺され、装備の擦れる音と、遠くから響く地下水脈らしき水音だけが、狭い通路に反響していた。壁面には、旧世代の連邦軍が残した配線の束が剥き出しのまま垂れ下がり、触れれば崩れそうなほど劣化していた。この施設が現役だった時代、ここでどんな仕事が行われていたのか、記録には残っていない。ただ、これほど厳重な坑道を掘り、隠すように運用していた事実だけが、当時の連邦が何かを本気で守ろうとしていたことを物語っていた。

「警備ドローン、接触!」

先頭の斥候が声を上げる。旧世代の警備ドローンが数体、狭い通路の奥から現れた。関節部から軋むような駆動音を立てながら、赤い認識灯を明滅させている。

「制圧しろ、経年劣化で反応は鈍いはずだ」

短い銃撃戦が始まった。実体弾がドローンの装甲に食い込み、火花と共に破片が飛び散る。一体が反応速度の遅れから斜めに傾き、そのまま壁に激突して沈黙した。もう一体は最後まで抵抗の姿勢を見せたが、隊員が三方向から挟み撃ちにする形で集中砲火を浴びせ、膝から崩れるように停止した。残る一体は通路の奥へ後退しようとしたが、退路を断たれ、あっけなく撃墜された。硝煙の匂いが狭い通路に立ち込め、しばらく消えなかった。アダムが停止したドローンの残骸に目をやり、小さく十字を切るような仕草をした。人でも、生き物でもない機械の残骸に対してすら、彼はそうするらしい。オルコットはその姿を横目に見ながら、鎮魂会という組織の本質を、ほんの少しだけ理解した気がした。彼らは弔う対象を選ばない。被害は軽微。ここまでは想定の範囲内だ。問題は、保管庁舎の最深部――生きた警備兵が待ち構えている場所からだった。

ヘッドセット越しに、ダーナの報告が続く。

『連邦哨戒艦、こちらへの接近を継続中。距離18,000。陽動を続けます』

「頼む」

坑道を進み続け、通路の傾斜が徐々にきつくなっていく。空気は次第に冷たく乾いたものへと変わり、地下深くへ潜っていることを実感させた。天井からは時折、水滴が落ち、ヘルメットの表面を叩いた。時折、遠くで何かが軋むような音が響いた。施設全体が、まだ生きているかのように微かに呼吸しているような錯覚をオルコットは覚えた。

隊列の誰かが、小声で距離を数えていた。あと二百メートル、あと百メートル――そうした報告が淡々と重ねられるたび、緊張が少しずつ濃くなっていく。やがて最深部の隔壁が見えてきた。金属の重い扉が三重に連なり、非常灯の鈍い光を反射している。

「艦長、ここからは、セシルの暗号情報が正確でなければ突破できません」

オルコットは胸ポケットに収めた鎮魂会の灯火の意匠に、一瞬だけ触れた。冷たい金属の感触が、指先に伝わる。彼女がこの意匠に込めた思いを、彼はまだうまく言葉にできずにいた。

セシルが命がけで届けた情報が、今、試されようとしていた。ここまで来て、もし情報が誤りであれば――その先を考えることを、オルコットは意図的に止めた。今は、前へ進むしかない。

イオン・ラスクが最初にこの計画を持ちかけてきたとき、彼は「国家ではなく、鎮魂会に鍵を託す」という着想を、まるで当然の帰結のように語った。あのときは、その冷徹さに違和感を覚えたものだった。だが今、こうして地下深くに立ち、セシルの情報一つに全てを預けている自分を顧みると、ラスクの合理主義もまた、どこかで厭戦の情に裏打ちされているのだと分かる気がした。国家は信用できない。ならば、信用できるものに預けるしかない。それがたとえ、教義も定まらぬ小さな修道会であっても。

隊列の隙間から、マグダが小さく頷いてみせた。準備は整っている、という合図だった。オルコットは深く息を吸い、吐いた。

「――行くぞ。信じて進む」

(第22話へ続く)