坑道を出た先、精錬プラントの廃墟地帯では、すでに激しい地上戦が展開されていた。オルコットは坑道の出口で一瞬立ち止まり、目の前に広がる光景に息を呑んだ。錆びついた精錬設備の合間を、曳光弾が縦横に走り、着弾のたびに土煙と炎の柱が上がっている。空気には、火薬と焼けた金属の匂いが濃く漂っていた。

坑道内での戦闘が室内での密な応酬だったのに対し、地上のそれは規模も速度も桁違いだった。装甲車両のエンジン音、砲声、そして時折混じる悲鳴に近い怒号――その全てが、視界の端から端まで満ちていた。オルコットは一瞬、自分がどちらの方向へ動けばいいのか分からなくなりかけたが、マグダの部下が示す方向へ、迷いを振り切るようにして走り出した。

空にはまだ陽が高く、皮肉なほどに明るい光が、廃墟と化した設備の残骸を照らしていた。破壊と静かな昼の光が同居する光景に、オルコットはどこか現実感の希薄さを覚えた。乾いた土の匂いに混じって、どこかで燃える配線の焦げた臭いが鼻を突いた。オルコットはその臭いに、かつて艦内で経験した火災の記憶を一瞬だけ思い出したが、今はそれを振り払う余裕さえなかった。

残り火隊の装甲車両が、廃棄された精錬設備を遮蔽物にしながら、連邦軍の増援部隊と撃ち合っている。装甲板に着弾する実体弾の音が、絶え間なく響いていた。

「艦長、こちらです!」

マグダの部下が誘導する先に、装甲車両の一団が待機していた。オルコットは鍵の入った箱を抱え、遮蔽物から遮蔽物へと移動する。錆びたパイプの陰に身を寄せるたび、頭上を弾がかすめる音がした。アダムは箱の反対側を支えるようにして、必死にオルコットの後を追った。

「連邦軍、装甲車両4両、歩兵およそ100名。数はこちらが劣勢です」

無線から入る戦況報告は、簡潔だが、その簡潔さの裏に事態の深刻さが滲んでいた。オルコットは頭の中で急いで数を計算した。残り火隊の装甲車両はここまで3両、歩兵はおよそ40名。単純な兵力比較では、明らかに分が悪い。だが、この地形と遮蔽物の多さが、多少の不利を相殺してくれるはずだった。

「マグダ、装甲部隊の残弾は」

「まだ余裕はある。だが、このまま押し込まれれば長くは持たない」

マグダの声には、状況を正確に見積もる冷静さがあった。彼女は長年、こうした劣勢の戦いを何度もくぐり抜けてきたのだろう。その声の落ち着きが、かえって状況の厳しさを物語っていた。

装甲車両の一台が、正面から実体弾の集中砲火を浴び、履帯を破壊されて動きを止めた。乗員は素早く車両を放棄し、隣の車両の陰へと駆け込む。廃墟となったプラントの配管が、着弾のたびに軋んだ音を立てて崩れ落ちていった。この惑星の資源を運ぶために作られたはずの設備が、今は兵士たちの盾として使われている。皮肉な話だ、とオルコットは場違いにも思った。

連邦軍の重装歩兵が、廃プラントの側面から回り込もうとしていた。マグダの部下がそれを察知し、対戦車擲弾を撃ち込む。爆発とともに、金属の破片が飛び散った。爆風がオルコットのいる場所まで届き、頬に細かい砂粒が当たった。

擲弾の炸裂音が収まる間もなく、別の方向から新たな銃撃が始まった。連邦軍は複数の方向から同時に圧力をかけてきている。数の差を生かした、堅実な包囲の動きだった。残り火隊はそれに対し、遮蔽物を巧みに使い、被弾面積を最小限に抑えながら応戦していたが、包囲が完成すれば状況は一気に悪化する。オルコットは箱を抱えたまま、次にどこへ移動すべきか、周囲を素早く見渡した。

味方の装甲車両の一両が、側面からの一斉射撃を受け、装甲板の継ぎ目から火花を散らした。それでも搭乗員は怯まず、砲塔を旋回させて反撃の射撃を続けている。この惑星の乾いた土埃が、銃声のたびに舞い上がり、視界を薄く曇らせていた。

「――ダブレ、まだ息はあるか!」

マグダの声が、無線越しに鋭く飛んだ。オルコットはその名前に、聞き覚えがあった。デルフォス降下前、装備点検をしていた隊員の一人だ。若く、まだ実戦経験の浅い顔をしていた記憶がある。

「ダブレがやられました!」

返ってきた報告は短く、そして重かった。マグダの表情が険しくなった。オルコットは唇を噛んだ。名も知らない誰かではない。この作戦に志願した、残り火隊の一員だった。数時間前まで、同じシャトルの中で装備の点検をしていた男だ。

「後で必ず名を記録する。今は前へ」

オルコットは自分の声が、思ったより平静であることに驚いた。感情を殺しているのではない。今、この場で立ち止まれば、他の誰かがまた同じ目に遭う。それを分かっているからこそ、平静を装うしかなかった。

ダブレという名を、オルコットは正確には覚えていなかった。装備点検の列の中で、他の誰かと軽口を叩き合っていた若い兵士だったという、断片的な印象しかない。それでも、その男は今、この惑星の土の上で動かなくなっている。名前も知らない誰かの死ではなく、確かに顔と記憶を持った一人の死として、オルコットはその事実を受け止めようとした。今はまだ、それをきちんと悼む余裕がない。だからこそ、後で必ず、という言葉に自分自身を縛りつけた。

オルコットは自分の胸の内に、名前を刻む場所を静かに用意した。ダブレという名は、これから先も消えることなく、そこに留まり続けるだろう。指揮官として多くの死を見送ってきたはずなのに、その一つ一つが軽くなることは、決してなかった。

無線の向こうで、誰かがダブレの遺体を仲間の車両に運び込む音が聞こえた。誰も言葉を発しなかったが、その沈黙こそが、彼らなりの弔いなのだと、オルコットは感じた。戦場では、涙を流す時間さえ、贅沢品になる。

一行は装甲車両に乗り込み、撤収シャトルの待つ地点へと突き進んだ。車内は狭く、振動のたびに装備が擦れ合う音がした。連邦軍の追撃を、マグダの部隊が身を挺して食い止める。窓の代わりに設けられた視認スリットから、後方で炎上する遮蔽物と、それでも踏みとどまる隊員たちの影が見えた。

車両の揺れは激しく、オルコットは箱を抱えたまま、身体を車内の手すりに固定するのがやっとだった。アダムは青白い顔をしていたが、それでも箱を支える手を離さなかった。彼にとって、これは単なる戦闘の巻き添えではない。信仰に関わる仕事の一部として、この重みを引き受けているのだと、オルコットは薄々感じていた。

「あと少しだ、耐えてくれ」

オルコットが声をかけると、アダムは小さく頷いた。言葉にする余裕もないほど、彼は緊張しきっていた。

「シャトル、視認できます!」

「急げ!」

装甲車両が廃墟地帯を抜け、開けた着陸地点へと躍り出た。そこには、ダーナが操艦する《薄明》からの中継で誘導された撤収シャトルが待機していた。ローターの立てる風が、周囲の埃を巻き上げている。着陸地点の周囲には、あらかじめ配置されていた残り火隊の別働隊が、最後の護衛としてまだ持ち場を守っていた。

「乗れ!鍵を最優先で確保しろ!」

オルコットはアダムとともにシャトルへ飛び乗った。座席に身体を沈める間もなく、箱を抱えたまま床にしゃがみ込むようにして固定した。マグダの部隊が最後まで残り、殿を務める。

パイロットが叫ぶように状況を伝えてきた。

「離陸します!掴まってください!」

機体が急激に浮き上がる感覚と共に、外の銃声が一瞬遠のいた。だがそれも束の間、着陸地点の周囲に着弾が続き、機体が細かく震動した。オルコットは箱を抱えたまま、歯を食いしばってその震動に耐えた。

「マグダ、お前たちも早く!」

「先に行ってな!うちの連中を置いていくつもりはないよ!」

マグダの声には、迷いのかけらもなかった。彼女は自分の部隊を、最後の一人まで責任を持って連れ帰るつもりでいる。オルコットはその言葉に、これ以上何も言えなかった。

残り火隊という組織が、単なる傭兵の寄せ集めではないことを、オルコットは改めて実感した。マグダの下に集う者たちは、報酬のためだけに命を張っているわけではない。互いを見捨てないという、ただそれだけの一点で繋がっている集団だった。だからこそ、彼らはこの無謀とも言える作戦に付き合ってくれたのだろう。

シャトルが上昇を始める。窓の外、廃墟地帯に残るマグダの部隊が、連邦軍の追撃を食い止めながら、次々と撤収車両に乗り込んでいくのが見えた。土煙の向こうに小さくなっていく彼らの姿を、オルコットは最後まで見届けようとした。

高度が上がるにつれ、地上の炎と土煙は、次第に模型のように小さく、そして静かなものへと変わっていった。だがオルコットには、その静けさが本物ではないことが分かっていた。あの土煙の下では、今もなお、誰かが誰かの盾になり、誰かが誰かを撃ち、そして誰かが倒れている。距離が遠ざかるほどに、その現実感だけが胸の奥で重くなっていくようだった。

アダムがシャトルの窓に額を寄せ、地上を見下ろしながら、小さく口の中で何かを唱えていた。祈りの言葉なのだろう。オルコットはその声を遮らないよう、黙って窓の外を見つめ続けた。祈りの言葉は機体のノイズにかき消され、断片的にしか聞き取れなかった。それでもオルコットには、その響きの持つ切実さだけは、はっきりと伝わってきた。

「――全員、無事に戻ってこい」

オルコットは小さく呟いた。箱を抱く腕に、無意識に力がこもっていた。ダブレという名前を、彼は頭の中で何度も繰り返した。忘れてはならない名前が、また一つ増えた。この作戦が終わったら、必ず正式な記録として――所属と、最期の状況と、簡潔な一行を、残り火隊の記録に刻む。それが、今の自分にできる、せめてもの償いだった。

(第25話へ続く)