《薄明》の艦長室には、任務の合間に届く各方面からの報告書が、日々積み重なっていく。その中でも、鎮魂会からの定期報告は、オルコットにとって、特別な意味を持つものだった。鍵の安否を確認するというだけでなく、あの組織が今、どのような姿へと歩みを進めているのかを見届けることもまた、彼にとって、この戦争の中で欠かせない仕事の一つになっていた。

オルコットが、この日の集会の様子を詳しく知ったのは、しばらく経ってから、ノクターンの聖地を訪れたアダムの口を通してのことだった。任務の合間、鎮魂会への定期報告のために立ち寄った際、アダムは、あの日の集会でグラン院長が語った言葉の一つ一つを、記憶の限り、丁寧にオルコットへと伝えてくれた。オルコットは、その報告を聞きながら、まるでその場に自分がいたかのように、聖堂の情景を思い描いていた。

ノクターンの聖地で、グラン院長は、老いた体に鞭打ちながら、鎮魂会の全体集会を招集していた。開戦から半年、集まった修道士たちの数は、以前よりも大きく膨れ上がっていた。両軍から見捨てられた戦争孤児、家族を失った遺族、そして戦火の中で信仰に救いを求める者たちが、次々と鎮魂会の門を叩くようになっていたのだ。

聖地の中央に立つ大聖堂は、この日、これまでにないほどの人の数で埋め尽くされていた。修道服をまとった古参の修道士たちの間に、まだ幼さの残る顔つきの若者たちの姿が、数多く混じっている。彼らの多くは、戦争が始まってからこの一年足らずの間に、ここへとたどり着いた者たちだった。グラン院長は、その光景を、壇上から静かに見渡していた。かつては、片手で数えられるほどの静かな修道会だったこの組織が、これほどの規模にまで膨れ上がるとは、彼自身、想像していなかったに違いない。

アダムが語るところによれば、聖堂の空気は、これまでにない緊張感に満ちていたという。古参の修道士たちの中には、この急激な組織の膨張に、戸惑いを隠せない者も少なくなかった。かつては、静かな祈りと弔いの日々を過ごしていた聖地が、今や、戦争孤児たちの避難所であり、遺族たちの拠り所であり、そして、様々な思想が渦を巻く場所へと変わりつつあった。その変化の速さに、誰もがまだ、慣れきれずにいるようだった。

「――我々は、これまで、戦没者を弔うことを本分としてきました」

グラン院長は、集った者たちに向け、静かに語りかけた。その声は、老齢による掠れを帯びていたが、聖堂の隅々にまで、はっきりと届いていた。

「しかし、この戦争が生み出す傷は、もはや人の死者だけに留まりません。自律の名のもとに動き、そして壊れていく機械もまた、この戦争の犠牲です。枷なきAIは、いずれ魂を喰う存在になり得る――私は、そう考えています」

その言葉に、集会場は、しんと静まり返った。誰もが、院長の言葉の重みを、噛みしめるように受け止めていた。

アダムは、その時の空気を、オルコットにこう伝えた。「――まるで、聖堂全体が、息を止めているようでした」と。院長の言葉は、単なる説教ではなく、この組織が今まさに立たされている岐路そのものを、静かに指し示すものだったのだろう。

グラン院長は、続けて、これまでの半年間、鎮魂会が回収し、弔ってきた自律兵器の残骸の数について語った。撃破された無人艦の残骸は、既に数百隻分に上るという。その一隻一隻が、かつては誰かの命令のもとに動き、そして、誰かの手によって沈黙させられた。院長は、その事実を、決して軽んじてはならないと、繰り返し語ったという。

集会の中には、すでに、より過激な思想を語る若い修道士たちの姿もあった。彼らは、単に弔うだけでなく、暴走する自律核を「浄める」べきだという考えを、公然と口にし始めていた。集会の後方に立つ数名の若い修道士たちの間で、そうした言葉が、囁くように交わされているのを、聞き取ることができた。

「――院長、我々の組織は、もはや『鎮魂会』という名だけでは、この使命を担いきれないのではないでしょうか」

一人の若い修道士が、そう問いかけた。まだ二十代半ばと見えるその修道士の目には、強い熱意が宿っていた。両親を自律兵器の攻撃で失ったという噂を、以前、アダムから聞いたことがあった。その熱意の根には、癒えることのない悲しみと怒りが、深く根を張っているのだろう。

グラン院長は、長い沈黙の後、静かに答えた。集会場の全員が、その答えを待って、息を潜めていた。

「――名を変えることは、簡単です。しかし、名を変えるということは、その名に込める覚悟を、後の世代にまで背負わせるということでもあります」

院長は、聖堂の奥、鍵が眠る安置所の方角に目を向けた。その視線の先には、厚い石壁で覆われた、質素な扉があるだけだった。だが、その扉の向こうに何が眠っているかを知る者は、この場にいる誰もが、心のどこかで理解していた。

「私たちが背負っているのは、燃やすための力ではなく、燃やさずに済む道を守るための力です。もし、いつかこの組織が新たな名を掲げる日が来るとしても、その原点だけは、決して忘れてはならない」

その言葉は、集会場の空気を、一瞬、張り詰めさせた。若い修道士の熱意ある問いかけに対する、静かな、しかし確かな戒めだった。院長は、これから先、自分がこの場を去った後も、その戒めが受け継がれることを、切に願っているように見えた。

アダムは、この場面を語る時、声を落として付け加えた。「――院長は、あの時、あの若い修道士の目を、まっすぐに見つめていました。叱るのでも、諭すのでもなく、ただ、自分の言葉の重みを、正面から受け止めてほしいと願うような、そんな眼差しでした」。オルコットは、その描写を聞きながら、院長という人物の、静かでありながら揺るぎない意志の強さを、改めて思い知らされた気がした。

この日、正式な組織名の変更が決定されたわけではなかった。集会は、これまで通り「鎮魂会」の名のもとに、静かに閉じられた。だが、後の歴史は、この開戦半年目の集会を、「従軍修道会が、弔いの組織から、自律核と向き合う信仰の組織へと、その性質を変え始めた最初の日」として記録することになる。

集会の後、修道士たちは、それぞれの持ち場へと戻っていった。若い修道士たちの一群が、まだ何か言葉を交わしながら、聖堂を後にする様子を、遠くから見ていた者がいた。彼らの表情には、院長の戒めを受け止めながらも、まだ消えることのない熱を、微かに残しているように見えた。

鎮魂会が、やがて浄火教団と呼ばれる組織へと姿を変えていく、その長い道のりの、最初の一歩が、この日、静かに刻まれていた。それは、誰か一人の意志によって決められたことではなく、戦争という巨大な力が、静かに、しかし確実に、一つの組織の性質を作り替えていく、その過程の始まりに過ぎなかった。院長自身も、その先にどのような姿が待っているのかを、正確には見通せていなかっただろう。ただ、彼が最後まで守り続けようとしたその原点だけが、聖堂の奥深くに眠る鍵と共に、この日、確かに刻まれたのだった。

アダムの報告を聞き終えたオルコットは、しばらくの間、何も言えずにいた。窓の外に広がる灰域の暗闇を見つめながら、彼は、自分が鍵を託したあの日のことを、改めて思い返していた。

「――お前は、どう思う。あの若い修道士たちの考えを」

オルコットが尋ねると、アダムは、少し考えてから答えた。

「――否定はできません。私自身、彼らと同じ痛みを抱えている一人ですから。ですが、院長の言葉の方が、より重く、私の胸に残っています」

その答えに、オルコットは、静かに頷いた。痛みを否定することはできない。だが、その痛みに、どう向き合うか。それこそが、この先、鎮魂会という組織が問われ続けることになる、本質的な問いなのだろうと、オルコットは思った。

彼自身、この一年余りの間に、数え切れないほどの死を見てきた。セシルの死、そして名も無き乗員たちの死。その一つ一つに、怒りや悲しみを覚えなかったと言えば嘘になる。だが、その感情に呑まれてしまえば、自分もまた、あの若い修道士たちと同じ道を辿ることになるのかもしれない。憎しみは、正当な理由を持てば持つほど、それを抱く者の内側から、静かに、しかし確実に、何かを蝕んでいく。グラン院長が言っていた通りだった。オルコットは、その戒めを、自分自身にも向けているつもりだった。

窓の外、灰域の暗闇には、いつも通りの静けさが広がっていた。だが、その静けさの向こうで、遠く離れたノクターンの聖地では、これから先の長い年月をかけて、何かが、少しずつ形を変えていこうとしている。オルコットには、その変化の行く末を見届けることはできない。それでも、今この瞬間、彼にできることを、精一杯やり抜くしかないのだと、彼は自分に言い聞かせた。

「――院長には、まだしばらく、その舵を握っていてほしいものだな」

オルコットが呟くと、アダムは、静かに、けれど確かな声で答えた。

「――私も、そう願っています」

アダムが《薄明》を去る際、オルコットは、彼の後ろ姿を、しばらくの間、見送っていた。若い修道士でありながら、既に組織の未来を背負う一人として、確かな責任感を漂わせるようになったその姿に、彼は、この一年という時間の重みを、改めて感じ取っていた。

(第100話へ続く)